腐らない死体 4
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ローデル男爵夫人、キャロル。享年二十六歳。二年前に病死。
夫であるローデル男爵との仲は良好で、美しい男爵夫人として、当時はそれなりに有名だったらしい。
城に帰ってきたシュゼットは、生前の姿をとどめたままのキャロルのことがどうしても気になるらしく、シオンを使ってキャロルの情報を集めさせると、ソファにふんぞり返って、難しい顔でうなっていた。
一方シオンも、シュゼットほどではないにしろ、キャロルの腐敗一つない遺体が気になっていた。
キャロルが他界したのは二年前。
もともと持病持ちだったのかそうでなかったのかは不明だが、彼女の死は突然だったらしい。
死後、敬虔な彼女は、生前よく通っていたというルブラン教会の墓地に埋葬された。棺桶に生前愛用していた品々を一緒に詰めて、棺桶の表に天使の輪を連想させる花冠を乗せて埋葬するという、我がロゼインブルク国では珍しくない埋葬の仕方だった。
他国には死体を燃やして骨にしてしまう火葬や、遺体を猛禽類に食べさせる鳥葬、遺体を川や海に流す水葬などがあるが、ロゼインブルク国では認められていない。
ロゼインブルク国で認められているのはキャロルが埋葬されたときのように、棺桶に入れられるか、もしくは何にも入れられず直接地中に埋められる直葬のみだ。
(埋葬されていた環境を考えても、ミイラ化や死蝋化が進む可能性は極めて低い)
では一体、どういう原理でキャロルの遺体は腐敗することなく生前の姿をとどめていたのだろうか。
もし、彼女の遺体を持ち帰り、調べることができたなら――、そこまで考えて、シオンは慌てて首を振った。遺体を調べるなんて、死者に対する冒涜だ。いくら興味があるからといって、考えていいものではない。シオンはそう自分を叱咤したのだが――
「何とかして、あの遺体を手に入れられないかしら?」
罪悪感の欠片もなく宣うシュゼットに、シオンは頭痛を覚えた。
「君ねえ、まさかとは思うけれど、ローデル男爵夫人の遺体を解剖か何かして調べたいとかいうんじゃないだろね?」
「その通りよ、名推理。冴えているわね」
シュゼットは飄々と答えて、口の中にマカロンをいれる。
「何が冴えているわね、だ。そんな冒涜的なこと、許されるはずがないだろう!?」
「あらどうして?」
「どうしてってそれは……」
「近年、解剖の技術が上がっていて、不審死を見つけたら、これ幸いと、あっちもこっちも『解剖』しているじゃないの。さらに言えば、孤児や身寄りのない人間の死体を見つけたら、嬉々として研究室行きじゃない。わたしがキャロルの遺体を解剖したいと言うのと、何が違うと言うのかしら?」
シオンはぐうの音も出なかった。
確かに、シュゼットの言う通り、近年医科学の向上と言う名の元に、解剖が盛んにおこなわれている。もちろんそれは、死体を切り刻むと言う冒涜的なことではあるので、その死を見送る人もいない貧民街の孤独者、もしくは研究室に解剖の実験体として差し出したときの報酬目当てで遺族が提供した遺体ばかりではあるが、そういったことが行われていることも事実だ。
むろん、信心深い人たちはそれを嫌うし、外聞を気にする貴族たちの間では暗黙の了解として「禁忌」扱いされていたため、シオンが忌避するのも無理はなかった。
「あなたも研究者の端くれでしょ? 興味ないの? まあ、死体は専門外かもしれないけど」
興味があるかと問われれば、ある。
彼女の体内で、腐敗菌はその働きを停止しているはずだ。何が原因でそうなったのか、ものすごく知りたいと思うし、もしかすると、枯骸、死蝋に続く、新たな永久死体の発見になるかもしれない。世界を激震させるだけの話題性はある。
(いや、ダメだ! だからと言って、あんなに美しい人を切り刻むなんて)
彼女の遺体は奇跡だった。本当に生前の美しいまま形をとどめた、芸術品とも評されるようなもの。そんな彼女の遺体をメスで切り刻むなんて。
シオンは頭の中に浮かんだ誘惑を振り払い、キッとシュゼットを睨んだ。
「興味があるないの問題ではないんだ! これは倫理観の問題だよ。だいたい、夫のローデル男爵が許すはずも―――」
「あら、だったら聞いてみましょう」
「はあ?」
シュゼットはソファからぴょこんと立ち上がって、小さな指をビシリとシオンに突きつけた。
「ちょうど、そっちにも興味があったのよ。ローデル男爵に近づいて、キャロルが死んだときのことを聞きだしてきなさい。ついでに仲良くなって、遺体の解剖許可を取りつけてちょうだい。身内の許可があれば、誰も文句はないでしょう?」
シオンは無性に、クソ生意気なこの小さな少女をひっくり返して、尻を叩いてやりたくなった。