『ジプシー』の地下の秘密 4
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「あなたが持って帰ったキャロルの日記で、最後のピースが埋まったわ」
城に帰ったシュゼットは心配性のオルフェリウスによって体調の検査が行われ、軽い脱水症状を起こしかけている以外は特に問題がないと診断が下されたのちに、ようやく自分の部屋に帰ることが許された。
部屋に戻るや否やソファにふんぞり返り、大きなチョコレートボンボンを口の中でもごもごと動かしながらシュゼットは語った。
「キャロルはどうやら、男爵家の財政問題の件でフランク神父に相談しに行ったようね。これは想像だけど、もともと娼婦として働いていたキャロルは、男爵に内緒で収入を得る方法を模索していたんじゃないかしら。でも、ここで予定が狂ったのは、フランク神父がキャロルに恋をしてしまったから。援助を受けるという条件付きで、キャロルは男爵には内緒で、神父に愛人になったようね」
そこまでするほど男爵を愛していたのかしら、愛ってわからないわね――、と言いながらシュゼットはごくんと溶けたチョコレートを飲み込んだ。
キャロルが死ぬまでローデル男爵を愛していたと言うことは、もはや男爵も疑っていない。日記を読み終えた男爵は放心して、今は食事もまともに取っていないという。
シオンがローデル男爵に会いに行ったときに「俺は馬鹿だ」と力なくつぶやいた男爵の目は、泣きはらして真っ赤になっていた。
「でも、男爵を深く愛しているキャロルは、フランク神父と関係を持っていることがつらくなった。そして、キャロルはフランク神父に別れを切り出した。キャロルに振られて逆上したフランク神父は、彼女を殺すことにする。研究中の薬を使えば、キャロルの命が失われても、姿は美しいまま半永久的に自分の手元に残る――と言うことらしいわね」
ここまでは事情聴取を終えたフランクも認めた証言だ。
しかし、シオンにはわからないことがもう一つあった。
アークがシュゼットのために紅茶を煎れるのを見やりながら、シオンは訊ねた。
「でも、君はいつフランク神父が怪しいって思ったの? ルブラン教会に行った日?」
シュゼットが行方不明になった日、彼女はルブラン教会へ向かった。その時には彼女はすでにフランク神父が怪しいと思っていたのだろうか。
シュゼットはアークが煎れた紅茶に角砂糖とレモンを落としてスプーンでかき混ぜる。
「あの時は、さすがに少女たちを攫った犯人だとは思っていないわ。ただ、キャロルの遺体が掘り返されたと話した神父の証言がおかしかったのよ。だから、確かめに行っただけ」
「証言がおかしかった?」
「ええ。フランク神父はこう言ったわ。墓地の見回りをしていたとき、彼女の墓地が掘り返されているのを発見した、とね」
それならば、シオンも覚えている。
――二週間ほど前の土曜日の夜のことです。墓地の見回りをしていたとき、彼女の墓地が掘り返されていたのを発見したのです。大きく穴が掘られ、埋めたはずの棺桶が丸見えの状態でした。そして、なぜか棺桶の蓋が開けられていた状態だったのです。
フランク神父はキャロルの腐敗していない遺体を前に、こう語ったのだ。
しかし、それの何がおかしいのだろう。シオンが首をひねっていると、シュゼットは小馬鹿にしたように鼻で笑った。
「神父が語った土曜日の夜に、誰にも気づかれずに墓地を掘り起こすことなんてできないのよ」
「なんだって?」
シュゼットは立ち上がると、新聞をまとめてある箱の中から、土曜日の翌日――日曜日の新聞を抜き取ってシオンに渡した。
「あの夜――、ルブラン教会の近くで殺人事件があったの。犯人はその時はまだ捕まっておらず、ルブラン教会の周りや墓地の中も警察が見回りを続けていた。警察がうろうろしている墓地で、墓を荒そうとする馬鹿がどこにいるというの? 掘り返す前に一発で捕まるわね」
シュゼットの言う通り、土曜日の夕方にルブラン教会の近くで殺人と思われる遺体が見つかったという記事がある。記事によれば、夜通し警官が捜査に当たったが犯人は見つかっていないと書いてあった。確かに、警察官がうろうろしている中で堂々と墓を掘り返す変人がいたら見てみたい。
「しかし――、どうして神父はそんな見え透いた嘘を?」
「知らなかったからよ」
シュゼットは紅茶をすすって、チョコレートの包みを手に取った。
「フランク神父は、夜は基本教会にはいないみたいなの。例のオークションとか、そのほかいろいろな悪事に手を染めていたみたいだし、そっちの活動に忙しかったんじゃないかしら?」
「……では、どうしてフランク神父はキャロルの墓を荒したの?」
「それはローデル男爵をキャロルの遺体と一緒に軟禁したことが理由ね」
シオンは眉を寄せた。
「どういうことだ?」
「ここからは推測だけど――、おそらくローデル男爵は、キャロルとフランク神父が愛人関係であったことを知っていたのでしょうね。そして、どういうきっかけかわからないけれど、キャロルの遺体が腐敗しておらず、教会の地下におかれていることに気がついた。フランク神父があれほど執着していたキャロルの遺体ですもの、埋葬後すぐに掘り返されて遺体を持ち去っていてもおかしくないわ。そして――、ローデル男爵はフランク神父を揺すったのではないかしら? 首が回らないほどお金に困っていたローデル男爵が、いくら裏の仕事をしていたとしても、賭博場に頻繁に出入りできるほどお金を持っていたとは思えないわ。どこからか別ルートの入手先があったはず」
「それが、フランク神父?」
「おそらくね。そしてフランク神父は、そのことに苛立っていた。でも、キャロルの遺体のことを口外されると自分の立場が危うい。そこで神父はあえて新聞社にキャロルの腐敗していない遺体のことを話し、記事にさせたあとに、今度はローデル男爵ごとキャロルの遺体を始末しようとしたのでしょう。神父を襲って行方不明になった男爵が、妻の遺体とともに自殺――、邸ごと燃やしてしまえば証拠も残らないでしょうしね。あくまで想像だけれど」
シオンは沈黙した。
確かに想像の域を出ていない部分も大きいだろうが、そう言われれば説明がつく。あとでルドルフ警部に言ってフランク神父から聞きだしてもらおう。
それにしても――
「なんだか、すべてがわかると、本当に虚しくなる事件だ……」
「そうね。男爵が奥さんを信じていれば――、または、奥さんがルドルフ神父とかかわりを持たなければ、起こり得なかった悲劇ね」
シオンは天井を見上げた。
ローデル男爵は今回のことで自分の罪を償うと言っている。彼は被害者だと言われればそうなのかもしれないが、充分に加害者でもあり――、爵位の没収や投獄は免れないだろう。シオンがいくら口を出しても、多少の減刑はできても罪をなかったことにはできないし、おそらくそれを男爵自身も望まない。
日記を読み終えた後、日記帳を腕に抱きしめたローデル男爵の「キャロル……」という震えた声を思い出して、シオンはいたたまれない気持ちになった。




