『ジプシー』の地下の秘密 1
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衰弱しているローデル男爵を城の医官に任せて、シオンはシュゼットの部屋に向かった。
アークはルブラン教会から連れ帰った少女の遺体について報告を受けるために途中で別れ、シオンはオルフェリウスに現状報告をする必要があるのだが、国王の執務室に向かう前に、もしかしたら――という淡い期待を抱き、シュゼットの部屋へと足を向けたのだ。
しかし、部屋の扉を開いても、いつものような小生意気な憎まれ口は聞こえてこず、部屋の中はガランとしている。
(……本当に、どこに行ったんだ)
勝手に一人で出歩くなと、シュゼットを見つけたら叱りつけてやる――、口から零れ落ちたつぶやきには覇気はない。
きっとオルフェリウスは心配で半狂乱になっているだろうし、新たに発見された少女たちの遺体の件には頭痛を覚えるし――、せめてもの救いは何か事情を知っているだろうローデル男爵を見つけたことだが、彼をキャロルとともに閉じ込めたトムキンスの行動も不可解で、何が何だかわからない。
シオンはいつもシュゼットが座っているソファに腰を下ろすと、背もたれに寄りかかって天井を仰いだ――そのときだった。
「シオン! シオンーッ!」
声変わり前の少年のように高い声をあげながら、フォリオがシュゼットの部屋に飛び込んできた。
顔をあげたシオンは、白髪を振り乱しながら、ぜーぜーと肩で息をしているフォリオに目を丸くする。
「どうしたんだ、そんなに慌てて」
「大変だ! あのっ、あの薬っ!」
「薬?」
「君がどっかから回収してきた、あの薬だよ!」
「ああ、……ローデル男爵のところにあったあれか」
シオンは立ち上がり、フォリオのそばに歩み寄る。
あの薬は、フォリオのマウス実験で、飲んだものが死蝋化することがわかったはずだが、それがどうかしたのだろうか?
シオンは肩で息をしているフォリオに椅子をすすめるが、彼は首を横に振って、まくしたてるように続けた。
「あの薬! 投与する量を変えてみたところ、ほかの反応が見られたんだ」
「ほかの反応?」
「そう。投与する量を変えたところ、飲んだ人を――僕はマウスで実験したけど――、一時的に仮死状態にすることができた。量を色々変えて調べたところ、ある一定の量を与えると、仮死状態から目覚めたマウスは、まるで人形のように、ほとんど何の反応もしなくなったんだよ」
「人形のように?」
「おそらく、脳に何らかの障害が発生するのだと思う。ただじっとしていたり、ぐるぐると歩き続けてみたり、反応に個体差はあったけれど、どれも正常な動作じゃなかった。変だよ、あの薬」
投与されたマウスが死蝋化する時点で充分妙な薬だったとは思うのだが、変人だが天才のフォリオがそう言うのだから、よほど奇妙な薬なのだろう。
シオンが怪訝そうに眉を寄せたとき、背後で、部屋の窓が静かに開いた。
「人身売買」
「――え?」
シオンが驚いて振り返れば、窓枠に片足をかけた帽子屋が、部屋の中に入ってくるところだった。
「蛇のコインを調べていて行きついた。『ジプシー』の地下で人身売買が行われている。この鍵は、ジプシーの地下の、オークション会場の鍵だ」
返すよ――、と帽子屋が、ローデル男爵邸で見つけた鍵を放り投げた。
シオンは鍵を受け取ると、鍵と帽子屋を交互に見やる。
「……つまり、ローデル男爵は、人身売買にかかわっていたと?」
「さて。当時からオークション会場で人身売買が行われていたのかどうかはわからないけれどね。ただ――、そのオークションで売り出される少女たちは、まともな意識がないそうだ。商品名は『生きた人形』。フォリオ君のおかげで、理由がわかったよ」
「あの薬を投与された少女たちだと……?」
「間違いないだろうね。そうそう、教会で女の子たちの死体が発見されたんだってね。じゃあ彼女たちは、薬の摂取量が多すぎで死んでしまった可能性があるよ。調べてみるといい」
いつも飄々としている帽子屋が、いつになく苛立った様子でシルクハットの鍔を触った。
「あの神父、とんだ食わせ物だよ」
「え……?」
「オークション会場を仕切っている蛇の首領は、ルブラン教会のフランク神父だ」
シオンは、手に持っていた鍵を取り落とした。




