腐らない死体 3
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祭壇の左奥の扉をくぐり、さらに奥に、地下に続く階段があった。
神父曰く、倉庫に使っている小さな地下室に続いていると言う。
「申し遅れました、私はこのルブラン教会の神父をしております、フランクと申します」
地下室を照らすランタンを片手に、先導して階段を降りていた神父が、思い出したように名乗った。
この教会に面している大通りがルブラン通りと言い、どうやらそこから名前を取ってルブラン教会と呼ばれているらしい。
安直な名前だと思ったが、設計した建築家がよほど有名でないか、建築の依頼主がよほどの大物でない限り、たいていの建造物の名前はこんなものだろう。
さほど長くない階段を降り、フランクは突き当りの木戸を開けた。
途端、埃の匂いとでもいうのか、閉鎖された空間独特の匂いが広がって、シュゼットが鼻に皺を寄せた。カップに半分ほど残っていたホットチョコレートを見下ろして、飲む気が失せたのだろう、無言でアークに押しつけている。
フランクがランタンから火を取り出して、何箇所かに設置されているランプに火をともすと、暗かった地下室の中が照らされる。
「ひっ―――」
フランクの背後から室内に視線を投げたシオンは思わず小さな悲鳴を上げた。
乱雑に物がおかれている狭い地下室の奥に、ふたの開いた棺桶がある。その中に、青白い肌をした女性が眠っていた。
「彼女が、あなた方の言う『腐らない死体』の正体です」
フランクがため息交じりに告げれば、シュゼットがとことこと小走りで棺桶に近づいた。その目には隠し切れない好奇心が覗いている。
シュゼットのあとに無言でアークが続き、シオンは内心気味悪く思いながらも、そのあとに続いた。
「彼女の名はキャロルと言います」
フランクの説明を聞きながら、棺桶の中を覗き込む。
彼女は――キャロルは、美しい女性だった。
年齢は二十代半ばほどであろう。緩く波打つ、美しいブロンドの髪に、すっきりとした輪郭、血の気が通っていないため肌は青白いがきめ細かく、「死体」だと言われても信じられないほど、どこにも損傷がない。眠っていると言われても疑わないほどのその姿に、シオンは言葉もなかった。
フランクの説明によると、彼女はローデル男爵夫人らしい。二年前に他界し、教会の裏手の墓地に埋葬されたそうだ。
「二年も前に埋葬されたのに、どうしてここにこうして安置されているのかしら?」
シュゼットの突っ込みはもっともだったが、驚きもせずによく平然と質問ができるものだ。
前々から思っていたが、シュゼットの感覚はどうも少し人と異なるようである。
そして、それは相変わらず無表情で、黙ってシュゼットのそばに控えるアークにも言えることだろう。
シオンは顔色一つ変えずにたたずむアークに視線を移し、この中でまともな感覚を持っているのは、おそらく自分だけだろうなと思った。
「二週間ほど前の土曜日の夜のことです。墓地の見回りをしていたとき、彼女の墓地が掘り返されていたのを発見したのです。大きく穴が掘られ、埋めたはずの棺桶が丸見えの状態でした。そして、なぜか棺桶の蓋が開けられていた状態だったのです。彼女が埋葬されたときに、彼女が生前身に着けていた宝石類は一緒に埋められていましたから、物取りの仕業だったのか、それは定かではございませんが、私は、もう一度聖水で清めて、きちんと埋葬しなおそうと思い、覗き込んで―――」
「彼女の遺体がまったく腐敗していないことに気がついたのね」
「その通りでございます」
フランクとシュゼットのやり取りを聞きながら、シオンはもう一度キャロルに視線を落とす。
見れば見るほど美しい女性だった。彼女の首にエメラルドの首飾りがぶら下がっているところを見ると、もし本当に盗み目的で墓を荒らしたのだとしても、彼女の遺体が生きたままの姿を保っているのを見て、驚いて逃げ帰ったのであろう。
フランクはキャロルを発見したのち、彼女を元の通りに埋めなおすのをやめ、教会まで運んだと言う。
最初は博物館か大学の研究施設に連絡しようと思っていたそうだ。
だが、もしこの事実を連絡すると、社会的な混乱を招いてしまうのではないかと思いなおし、どこからか情報を聞きつけてきた新聞記者に口止めをして追い返したらしい。そのうちの三流新聞社の一社だけ漏れていたというわけだ。
どうかこのことはまだ内密に――、そう締めくくると、あまり長居されても困るというフランクに急き立てられるようにして、シオンたちは地下室から追い出された。