腐らない死体 2
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シオンはあの日、オルフェリウスに呼ばれて城に行ったことをいまだに後悔していた。
あとからオルフェリウスに聞いた話だが、シュゼットの存在はわけあって表に公表されていないらしい。
オルフェリウスの血を分けた妹というのは間違いないそうで、彼は不遇の妹であるシュゼットのことをそれはそれは溺愛しており、彼女が護衛のアークだけでは会話にならなくてつまらないと言ったためにシオンをあてがうことを思いついたようだ。
シオンは遠縁で、しかもオルフェリウスに貸しがある――シオンは不服だが――ので、いろいろ都合がよかったらしい。
(何がプレゼントを用意した、だ。もらうんじゃなくて、俺自身がシュゼットへのプレゼントじゃないか。あの野郎……)
今思い返しても腹立たしくてしょうがない。
「何をしているの、さっさと来なさい」
外見年齢十三歳のくせして、シュゼットは女王然として口調でシオンを呼び、レースたっぷりの黒い日傘をアークに差させて、とことことシオンの目の前を歩いていた。
さながら人形が歩くようなちょこちょこした足取りで進む彼女は、本人がどれほど威張り散らそうと、小さな子供のようにしか見えない。
シオンはやれやれとため息をついて、大股で彼女たちを追いかける。
今日は、チャリティーバザーの日だった。
腐らない死体があるという噂を聞きつけたシュゼットは、その噂の出所である、城下町から少し外れたところにある小さな教会のチャリティーに出向いていた。
当然、護衛のアークと子守役のシオンも一緒だ。
(何が腐らない死体だ。そんな根も葉もない噂を真に受けるなんて、どんなに偉そうにしててもまだ子供だな)
実際のところ、シオンとシュゼットの年の差はわずか一歳なのだが、外見が幼いために、シオンにはどうしても小さな子供のように映る。
シュゼットたちに追いついたシオンは、やがて小さな教会の前に立った。
灰色の石の壁に小さな窓がポツンポツンとついているだけで、ステンドグラスも何もない簡素な作りの教会だった。
さすがにチャリティーの日だけあって、バザーを見に来た人々でにぎわっているが、おそらく普段はミサに訪れる人も少ないはずだ。そう思わせるほど、さびれた雰囲気を醸し出していた。
チョコレートが飲みたいと言ったシュゼットのために、バザーでも人気商品なのであろう、ホットチョコレートを待つ列に並び、一つ購入して戻る。
シュゼットはホットチョコレートをちびちびと舐めるように飲みながら、人の間をすり抜けて教会の扉をくぐった。
チャリティーバザーの日のメインはバザーで、教会の中には誰もいない。
古びた聖母の像のある祭壇の方へ歩いていくと、奥の扉から、四十手前だろうと思わせる年齢の、ダークブラウンの髪の男があらわれた。黒い礼服姿であるところを見ると、この教会の神父であろう。
「お祈りでも?」
人が好さそうな神父が、目尻に皺を寄せてそう訊ねる。
シュゼットはホットチョコレートを両手で抱え持ったまま、エメラルドのように美しい瞳をすっと細めた。
「腐らない死体があると噂を聞いてきたの」
単刀直入すぎるシュゼットの言葉に、シオンは思わずギョッとした。
表情筋が死んでいるかのように無表情のアークも、ほんの少し眉を動かす。
神父は驚いたように目を丸くした。
「……どちらで、それを?」
シュゼットはホットチョコレートにふーふーと息を吹きかけながら、
「三流新聞が面白おかしく書き立てているのを見たわ。ほかの新聞が何の記事も出していないところを見ると、口止めでもしたのかしら? 三流新聞だけ、うっかり口止めを忘れたか失敗した。違う?」
よく新聞を読んでいるのは知っていたが、ゴシップネタばかりの三流新聞まで読み漁っていたのかと、シオンは少しあきれた。
神父は微苦笑を浮かべた。
「その記事が、読者を楽しませるだけの、嘘の記事だとは思わないのですか?」
「可能性もゼロじゃないわね。でも、嘘にしては情報が少なすぎたのよ。だから逆に真実じゃないかしらと思ったの。詳細がわからないから書けなかった。知ってる? 見出しはこうよ。『現代のミイラ現る!?』。笑わせるわね。現代のミイラって何かしら?」
くつくつと喉の奥で笑うシュゼットに、神父が戸惑ったような表情を浮かべる。それはそうだろう。どう見ても十二、三歳程度のまだ幼さの残る少女が、どこか高圧的な口調で、推理小説のセリフのような推理を口にしているのだ。反応に困るに決まっている。
神父からの助けを求めるような視線に、シオンはやれやれと内心ため息をついた。
「その……、真実かどうかはわかりませんが、新聞に書かれているようなものが、この教会に?」
神父はやがてふうと息をつくと、困ったような笑みを浮かべた。
「そう、ですね……。確かにそちらのお嬢さんがおっしゃるようなものはございますよ。表に出していると騒ぎになりますから、地下に隠しておりますが」
「見せなさい」
シュゼットが瞳をキラキラと輝かせる。
神父は迷うようにシオンとアークに視線を投げて、やがて小さく頷いた。
「こちらです」
騒ぎを避けるために隠していると言うくせに、やけにあっさり頷くのだなと、シオンは少し不思議に思いながらも、シュゼットとともに神父のあとを追った。