帽子屋と消えた遺体 11
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シオンはローデル男爵の書斎の中にいた。
行方不明の事件と何かかかわりのあるもの――メモ書きのようなものでも何でもいいから、何か手掛かりがないかと部屋の中を探し回る。
部屋の中は散らかっており、散乱する紙や本をかき分けながら調べるのは骨が折れた。
机の上には何もないようだったので、シオンは本棚へと場所を移す。
本と本棚の隙間にうっすらと埃が積もっている様子から、本棚はあまり利用されていなかったようだった。
シオンは本棚を端から端へと確認していき、ふと、本棚の中央で足を止める。
(ここだけ、埃がない)
棚の隙間に埃が積もっていない箇所にある本はずいぶんと分厚い。
シオンは何げなくその本を手に取って目を丸くした。
本は、通常の本の三分の一の奥行しかない。というか、それは本ですらなかった。本に似せて作られた厚紙製の箱だ。
シオンは首をひねって本が入っていた棚の奥を見て、そこに茶色い瓶が入っているのを見つけた。
瓶にラベルはなく、光に透かして見ると中に液体が入っているのがわかる。
「なんだこれ……、わざわざ、隠しておくほど大切なものなのか……?」
シオンはぎりぎりポケットに入る大きさの瓶をポケットにねじ込んで、今度は本に似せて作られた箱を開けた。中には鍵が一つと――『ジプシー』で拾ったのと同じ蛇の紋様のあるコインが入っている。
(何の鍵だ……?)
何の鍵かは不明だが、コインと一緒に入れられていたこともあり、押収していこうかと思ったそのとき、
「なんなんだこりゃあ!」
ルドルフのあきれたような叫び声が聞こえて、シオンは書斎から出てそちらへ向かった。
「どうしました?」
シオンが部屋に入ると、そこは女性の部屋のようだった。
真っ白なレースの天蓋付きのベッドに、小さな花柄の壁紙。調度品は白色のものでまとめられて、可愛らしい感じのする部屋だった。
だが、ルドルフは内装の可愛らしさに目を丸くしているのではない。
シオンも部屋に足を踏み入れた途端、瞠目して立ち尽くしてしまった。
部屋は、真っ白な薔薇であふれかえっていたのだ。それは、ベッドや床を覆いつくさんばかりの花だった。花は少し前に用意されたのか、花はしおれて、花弁や葉の色は変わりかけていた。
むせ返る薔薇の香りに茫然としていると、ルドルフの叫び声を聞きつけてやってきたトムキンスが、シオンの背後から「奥様の部屋です」と教えた。
シオンが振り返ると、トムキンスが目を伏せて悲しそうに言う。
「先日、奥様の命日でしたから。旦那様が花屋という花屋を回って買い集めてきたのです。白い薔薇は奥様がお好きでしたから」
そろそろ、花も枯れはじめましたので片付けないといけませんね――、トムキンスがそう言うのを、シオンは何とも言えない気持ちで聞いた。
(命日に……、薔薇で部屋を埋め尽くすほど愛していたのに、どうして……)
シオンにはローデル男爵のことがわからなくなる。
妻の死を金に換えようとしていた一方で、こうして死後も忘れずに花を贈る。妻の話を嫌がったくせに、ルブラン教会に乗り込んでキャロルの遺体を奪って行く。
シオンは薔薇だらけの室内を見渡した。
「奥様は……、この部屋でお亡くなりに?」
「ええ。最後は眠るようにお逝きになられました」
「そうですか……」
シオンはしばらくの間、無言で部屋の中にたたずんでいた。
だが、トムキンスが遠慮がちに「もう遅いので」という言葉にハッとする。
レースのカーテンがかかる窓の向こう側は、熟れすぎたオレンジのような色をしていた。
シオンは、トムキンスにまた後日改めて邸を調べさせてほしいと告げて、もう一度、ローデル男爵が戻ったら教えてほしいと念押しすると、ルドルフとともに男爵の邸をあとにする。
帰り際、シオンは一度だけ邸を振り返ると、何とも言えない顔でため息をついた。




