帽子屋と消えた遺体 5
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チャリティーバザーのない日のルブラン教会は閑散としていた。
シオンは馬車を降りると、アークの手を借りてシオンのあとから馬車を降りてきたシュゼットを振り返る。
シュゼットが突然、もう一度キャロルの遺体を見たいと言い出したため、こうしてルブラン教会を訪れていた。
空はあいにくの曇天で、今にも雨が降り出しそうであったが、こんな天気にも関わらず、シュゼットはアークに黒いふりふりの日傘を持たせて、教会までの短い石畳を歩いていく。
人の姿がないためか、それとも曇りであたりが薄暗いためか、前回訪れたチャリティーバザーの時よりもずっと陰気な気配が漂っていて、シオンは灰色の小さな教会を見上げて思わず身震いした。
幽霊でも出てきそうな雰囲気だ。幽霊の存在はまったく信じていなかったが、そう思わせるほど気味が悪い。
遠くで鴉の鳴き声がするのもいただけない。
首都であるリュディアスにある教会は大小問わずどこも荘厳で神聖な雰囲気が漂うが、地方にある寂れた教会というものは、こうも不気味な雰囲気を落とすものなのだろうか。
キャロルは生前、この教会に足しげく通っていたという話だが、こういっては何だが、どうしてこんな教会に通っていたのかと疑問に思う。
神に祈りを捧げたいのならば、こんな辺鄙な教会でなくとも、ローデル邸からほど近い、もっときれいで荘厳な教会はいくらでもあっただろうに。
教会の扉は開け放たれていて、中に足を踏み入れると初夏だというのにひんやりとした空気が漂っている。
今日はそれほど暑くないが、それでも少し歩けばじっとりと汗をかくくらいには気温が高かったので、涼しい教会の中にシオンはホッと息をついた。
「神父はどこかしらね」
教会に入れば声をかけてくると踏んでいたのだが、フランク神父の姿がない。
勝手にキャロルの遺体のある地下まで降りるわけにはいかないので、シオンも神父を探して祭壇の方に歩いていく。
「え――、フランク神父!?」
祭壇の近くまでたどり着いたシオンは、祭壇の影に黒い塊があるのに訝しみ、ひょいと裏を覗き込んで、そこにフランク神父が倒れているのを発見して目を見開いた。
「神父! どうしました!?」
シオンは慌ててうつぶせに倒れていたフランク神父を助け起こす。息はある。それを確認してホッとしていると「う……」と微かなうめき声をあげて、フランク神父が薄く目を開いた。
「何がったの?」
シュゼットとアークもそばまでやってきて、神父の顔を覗き込む。
「あなた方は……、この前の」
どうやら意識は混濁していないようだ。シオンは安堵して、起き上がろうとする神父に手を貸した。
神父はふらつく体を支えるように祭壇に手をつき、それから顔をしかめて右の側頭部に手をやった。どうやらそこが痛むらしい。
「どうしたんですか? 医者を呼びましょうか?」
神父は力なく首を横に振ると、それからハッとしたように顔をあげて駆け出そうとし、失敗してその場に膝をついた。
「フランク神父!」
シオンがフランク神父のそばに膝をつくと、神父は焦った表情を浮かべてシオンを見上げた。
「ローデル男爵が、夫人の遺体を返せと怒鳴り込んできて……! どうか、地下に行って夫人の遺体があるかどうか確かめてきてください!」
「ローデル男爵が?」
シオンはびっくりして、弾かれたように奥の扉をくぐると、地下室に駆け下りた。
そして地下におかれていた棺の中を確認すると、以前そこに眠るように安置されていたキャロルの遺体がなくなっている。
シオンが教会に戻ると、フランク神父がすがるような視線を向けてきた。
シオンが黙って首を横に振ると、神父は両手で顔を覆う。
「ああ……! なんということ。死者を連れ去ってしまうなんて。これも私が、墓地から遺体を運び出してしまったのがいけなかったのでしょう。神よ、どうかお許しください……!」
嘆く神父に、シオンは痛ましげな視線を向けるが、一方シュゼットはひどく冷めた表情を浮かべて、フランク神父に訊ねた。
「それで、何があったの?」
神父は顔をあげて、迷うように視線を彷徨わせてから口を開く。
「今朝……、いつものように神に祈りを捧げていると、突然ローデル男爵がやってこられて、妻を返せ、と。死者を教会の敷地から持ち出すことは認められないとお伝えすると、激高して殴りかかってこられて。お恥ずかしながら、皆さんが来られるまで、どうやら私は気を失ってしまっていたようです。……おそらく、夫人の遺体は男爵が持ち出してしまったのでしょうね」
シュゼットは小さな窓から見える灰色の空を見上げてから、首を傾げる。
「もう昼すぎだけれど、こんなに長い間倒れていて、誰も気がつかなかったの?」
するとフランク神父は微苦笑を浮かべた。
「残念ながら、ルブラン教会はバザーやミサの日以外、ほとんど誰も訪れないのですよ。一日誰もいらっしゃらない日も珍しくないほどで。今日も例に漏れず、あなた方がいらっしゃるまで、誰も来られなかったようですね」
「ふぅん、そんなものなの」
シュゼットはつまらなそうにそう言い、祭壇奥の扉を一瞥したのち、くるりと踵を返した。
「シュゼット、どこにいくの?」
シオンが訊ねれば、彼女は振り返りもせずに答える。
「決まっているでしょう。ローデル男爵邸よ。確かめに行くの」
シオンは驚いたが、アークまで無言でシュゼットについて行ってしまうと、慌ててフランク神父に頭を下げた。
「申し訳ございません、そういうことだからローデル男爵のところへ行って確かめてきます。どうか神父は、念のため医師に診てもらってください。それでは」
「え、ええ……、どうかお気をつけて」
慌ただしく出て行く三人に、神父は虚を突かれたようだったが、頭をおさえながら心配そうに見送ってくれる。
シオンはシュゼットを追いかけながら、神父の言葉が本当ならば、ローデル男爵は亡き妻の遺体を持ち出してどうするつもりなのだろうかと首を傾げた。




