帽子屋と消えた遺体 4
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シオンがオルフェリウスに呼び出されて国王の執務室に行くと、そこには頑健な体つきに四角い顔をした、五十手前ほどの見たことのない男が座っていた。
「やあ、シオン。よく来たね。座ってくれたまえよ」
国王であるオルフェリウスはにこりと微笑むと、応接用のソファ――男の真向かいをシオンに薦める。
シオンが何が何だかわからないままに腰を下ろすと、オルフェリウスはシオンの向かいに座る男を「ルドルフ警部だよ」と紹介した。
(ルドルフ警部……って、帽子屋が言っていた行方不明事件の責任者か!)
しかしどうして彼がオルフェリウスに呼ばれたのだろう。不思議に思っていると、ルドルフ警部が恐る恐ると言った体で口を開いた。
「その、陛下……。子爵から捜査について何か訴えでも……?」
「子爵? どこの子爵かな? よくわからないが、どこの子爵からも捜査についての訴えなんて入っていないよ」
オルフェリウスは執務机の上に指を組んだ。
「ただ、今回の行方不明事件について、国王としては見過ごせないと思ったからね、事情を知るためにも、こうして君にご足労願ったんだよ」
嘘だな――、シオンは思った。
オルフェリウスがそんな殊勝な男ではないことくらい、昔からの付きあいであるシオンにはすぐにわかる。
シオンはじっとオルフェリウスの猫かぶりな横顔を見つめて、なんとなく事情が読めてくると、こっそりとため息をついた。
(……絶対シュゼットだな)
裏で糸を引いているのは間違いなくシュゼットだ。
彼女は帽子屋が語った猫かぶり事件にいたく興味を示していた。しかし警察署まで乗り込むわけにもいかないため、こうして兄を使って捜査責任者を呼び寄せたのだろう。
そして、シオンを送り込んだのは、自分がこの席に同席できないからだ。
オルフェリウスはシュゼットを溺愛しており、彼女の言うことは大抵なんでも聞いてしまうため、妹の言うままに警部を呼び寄せたというわけだ。
しかし、その事情を知らないルドルフは、かわいそうに、顔を青くしてしまった。国王の見過ごせないという言葉を額面通りに受け取り、まるで、捜査が難航していることを警察の怠慢だと言われているとでも感じたのだろう。
オルフェリウスももちろん、自分の発言が相手にどう取られるかをわかっていて、あえてこういう言い方をしているのだから質が悪い。
「それで、今、捜査はどこまで進んでいるのかな?」
ルドルフはだらだらと冷や汗をかいていた。
シオンはその様子をながめながら、これはほとんど何もわかっていないなと推測する。
帽子屋が蛇を紋章にしている組織を調べていたが、そう簡単に調べはつかないだろう。警部に有力な手掛かりは入っていないはずだし、蛇にたどり着いたところで本当にその組織が関与しているのかどうかも今の時点ではわからない。
「そ、その……、今は、行方不明者の情報を集めている時点でして」
ルドルフがしどろもどろに答えると、オルフェリウスはわざとらしく驚いて見せた。
「まだそこなのか。君は優秀な警部と聞いているが、その君でもてこずっているなんて、ずいぶんと難解な事件なのだね。お察しするよ」
(……性格、悪っ)
シオンはオルフェリウスの隣に軍人のように背筋を伸ばして直立している第一秘書官――オーゲンに視線を移した。おそらく、この国王の命じることならなんでも応じる「何でも屋」秘書官が、現在の捜査状況はすべて調べ上げていて、オルフェリウスに報告しているに違いない。知っていてルドルフの精神を甚振っているのだ。相変わらず性格が悪い。
しかし、圧倒的な支持率をほこり、慈悲の塊のような――と噂されている――陛下の言葉に裏があるなんて、これっぽっちも疑わないルドルフ警部は真っ青を通り越して灰になりかけていた。
国民からの支持率を上げることへの努力を怠らない猫かぶりな王様は、眉尻を下げて同情的な表情を作る。
「ルドルフ警部、私は君の肩に重圧がかかっていることに、とても同情しているのだよ。そして、今回の事件は国民の安全な生活を脅かす重要な問題だ。私も国王として、できる限りのことをしたいと思っている」
いったいこの三文芝居をいつまで見ていないといけないのだろうか――、シオンは早くもうんざりしてきて、この場に茶も菓子も出ていないことを恨めしく思った。あそこの軍人秘書官は、国王の命令はなんでもほいほい聞くくせに、全く気が利かないらしい。ただ座って馬鹿馬鹿しいほど芝居がかったオルフェリウスのセリフを真顔で聞いていることほど苦痛なものはない。だって、笑いたくても笑えないのだから!
シオンはかわいそうなほど蒼白になって、大きな体をまるで猫に見つかった野ネズミのようにブルブル震わせているルドルフに視線を向けた。
絶対的な権力をかさに善良な一般市民を笑顔で甚振っている国王陛下は、何かを思いついた時のように、わざとらしく手を叩いた。
「そこでだ、ルドルフ君。私は考えたのだよ」
(どうせろくでもないことを考えついたんだろうなぁ)
そして、この警部はオルフェリウスの思いつきに振り回されるのだ。可哀そうに。合唱。
シオンは他人事のように聞き流していたが、次の瞬間、オルフェリウスに矛先を向けられてギョッとした。
「そこにいるシオンを貸し出そう!」
「なんだって!」
シオンはここにルドルフがいることも忘れて叫んだ。
「やあ、シオン、君も乗り気で嬉しいよ」
オルファリウスに笑顔を向けられて、シオンはぐっと黙る。その笑顔が「アナスタシアと結婚したいのかい?」と言っているような気がしたのだ。
一方ルドルフはひどく困惑していた。
彼は蒼白のまま、しかし必死で勇気を振り絞って口を開いた。
「そ、そのぅ、陛下……。捜査に一般人を巻き込むことは規則上、その……」
彼にしては頑張った方だろう。「素人は邪魔」と言いたいところを必死にオブラートに包んで、やんわりと、かつ「規則」を持ち出すことできっぱりと断った。――口調は非常に弱々しいが。
しかし、ルドルフは失念していた。この国の法律はすべて自分のものだと言わんばかりの絶対的な権力の前に、警察署の一規則なんて風の前の塵に等しい。
もちろん、権力を出し惜しみしないオルフェリウスは、にこりと微笑んでそんな規則を蹴散らした。
「ルドルフ君、これは慈悲なのだよ。このまま君たちだけで捜査に当たって、もしもだよ、何の結果も得られない――、解決の糸口すら見つからないまま、行方不明者が見つからない、もしくは命を落とすという最悪な事態になったとしよう、その責任は、いったい誰がとるのだろうか?」
要約しよう。お前たちだけで捜査をして何の結果も得られないようなら、容赦なく糾弾してやるからな。オルフェリウスはそう言っているのである。
かわいそうに、ルドルフに拒否権などはありやしなかった。
そして――
(……オルフェのやつ、いつか覚えていろよ!)
一年前の貸しに膨大な利息がくっついて首も回らないシオンにも、もちろん拒否権なんて存在しなかったのである。




