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ブラックシープ~人形姫との下僕契約~  作者: 狭山ひびき
Act.1 人形姫との下僕契約
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腐らない死体 1

お読みいただきありがとうございます!

 シュゼットに出会ったのは、三か月前。


 それは、シオン・ハワード公爵令息が十八歳の誕生日をむかえた春の朝までさかのぼる。


 シオンの銀色に近い淡い金色の髪と同じく柔らかい日が差し、見上げればこれもまたシオンの瞳と同じような澄んだ青空が広がる、それはそれは麗らかな一日のはじまりだったのに、シオンの心は一瞬にして曇天のように暗い灰色になった。


「オルフェが呼んでる?」


 朝、朝食の席で両親から誕生日の祝いの言葉を受け取っていると、早朝だというのに、城から国王の遣いがやってきた。


 先々代の国王の姉が降嫁した歴史を持つハワード家は、国王オルフェリウスとは遠縁にあたり、オルフェリウスとシオンの年が近いこともあって、昔から城に呼びつけられることが多々あった。


 国王をオルフェと愛称で呼んだシオンは、使者の言葉を聞くなり顔をしかめた。


 オルフェリウスは昔から、傍迷惑な思いつきでシオンを振り回す厄介な友人だった。それは、たまに友人という立場を返上したいと思うほどで、どうせ今日もろくな用事ではないのだろうと思うと、シオンは頭痛がしてくる思いだった。


(誕生日なのに……、ゆっくりさせてくれよ)


 何か理由をつけて断ろうと思ったシオンだったが、父のハワード公爵が人のよさそうな笑顔を浮かべて頷いた。


「朝から呼び出しとは並々ならぬご用事なのだろう。シオン、急ぎ城に向かいなさい」


「………………はい」


 シオンはたっぷり間をおいてから小さく頷く。


 オルフェリウスは昔から外面がいい。とにかくいい。そのため、彼の素顔を知るものは少なく、外面に騙された貴族や臣下には敬愛されており、なまじ外見がいいせいで、女子供からの支持も高い。シオンの母も妹も例に漏れず彼に陶酔しているのだ。


 誰もシオンの味方はいない――、そう判断したシオンは渋々朝食の席を立った。


 そうして使者に急かされて城を訪れると、国王の私室で出迎えた三歳年上の二十一歳のオルフェリウスは人好きのする笑みを浮かべてこう言った。


「やあシオン、誕生日おめでとう。十八歳の祝いに素敵なプレゼントを用意したよ」


 絶対嘘だ。シオンはその笑顔を見つめながら思った。


「……謹んでお断りいたします」


 内容を聞く前に断った方が賢明だと、シオンはすぐさま回れ右をしかけた。だが――


「来たまえ、会わせたい子がいてね」


 金髪碧眼の麗しの陛下は、誰かれもを魅了するほどの極上の笑みを浮かべ、がしっとシオンの手首をつかんだ。


 さあさあ、と言いながら問答無用で引きずられて連れてこられたのは、城の東の端にある部屋。シオンも足を踏み入れたことのない東の一角に、何やら嫌な予感を覚えた。というのも、東の一角にある部屋には、妙な噂があるのだ。


 夜な夜な、人の生き血をすする魔女が住みついていて、入ったものは二度と日の目を拝めない――という。


 もちろんシオンは信じていなかったが、噂が発生するには何らかの原因がそこにあるものだ。好んで近づこうとは思わない。ましてや、オルフェリウスが嬉しそうに微笑んでいるのだからなおさらである。この男の笑顔ほど信用ならないものはない。


「オルフェ、今日俺は誕生日なんです。一年に一日しかない貴重な日なんですから、そっとしておいてください!」


 部屋の扉の前まで来て、意地でも帰宅すると言ってきかないシオンに、オルフェは少し考え――


「去年の夏」


 とぼそりと言った。


 シオンはぴたりと動きを止めてシオンより数センチほど背の高いオルフェリウスの顔をちょっと見上げる。


「アナスタシアと婚約させられそうになっていたところを助けたのは誰だったかな……」


「―――」


「変な薬品をかがされて気絶させられた君との間に既成事実があったと脅されて、どうやっても逃げられそうになかったところを助けてあげたのは、誰だっただろう?」


 だらだらとシオンは冷や汗をかいた。


 オルフェリウスは物憂げなため息をつき、


「確か彼女はまだ独身だったかな。君がアナスタシアとやっぱり婚約したかったというのなら、別にいいんだけどね?」


 この性悪国王! シオンは心の中でオルフェリウスを罵倒した。


 アナスタシアとは、ロゼインブルク国の財務大臣の娘で今年十九歳になる伯爵令嬢である。丸い――いや、ふくよかな体型の彼女は、子熊を連想させる顔立ちの令嬢である。


 社交界でシオンに一目ぼれした彼女は、昨年、シオンへの猛アタックを開始したのだ。


 シオンとって不運だったのは、彼女が手段を選ばない性格の女性だったことだろう。


 シオンがなかなかなびかないことに業を煮やした彼女は、とうとう強硬手段に出ることにした。


 シオンは細菌やウイルスなど、普段目に見えないものへの探求心から、月に一、二度、懇意にしている大学の教授の研究室を訪れては研究の手伝いをしている。その帰りは夜遅くなることもしばしばで、そこに目をつけた彼女は、金で雇った男たちにシオンを襲わせ、薬品をかがせて気を失わせて、伯爵家まで連れ帰った。


 そして、自分のベッドにシオンを寝かせ、朝目覚めたシオンに責任を取れと迫ったのである。


 何も覚えていないシオンはパニックになりかけて、しかし彼女が言うことが事実ならこの婚約もやむなしとあきらめかけたころ、オルフェリウスが救いの手を差し伸べたのだ。


 結果、真実が明るみに出た彼女は父である財務大臣に一年間の自宅謹慎を言い渡されて、シオンは財務大臣から丁重な謝罪を受け、婚約を免れたというわけである。


 しかし、シオンにとってもう一つ不運だったのは、救いの手を差し伸べたオルフェリウスが、悪徳高利貸もかくやというほどの男だったと言うことだ。


 オルフェリウスが善意だけでシオンを助けるはずはないと思っていたが、彼はこの貸しに何十倍もの利子をくっつけて、ことあるごとに脅してくるのである。


 彼曰く、人生まるごと救ってあげたようなものなのだから、当たり前だよね、らしい。


 シオンはがっくりと肩を落として、脅しに屈したシオンに満足そうな表情を浮かべるオルフェリウスに連れられて、東の端の部屋の扉を開いた。


 そこには、十三歳くらいの外見の、人形のように愛らしい少女がいた。


 長いストレートの金髪は滝のように背中に流れ、くるっと大きい緑色の瞳はエメラルドのようだ。


 ソファの上にちょこんと座って、優雅に紅茶を飲んでいる彼女の背後に、直立不動でたたずむ黒髪の無表情な男がいる。


 オルフェリウスは彼女を見るや否や、途端にでれっと笑み崩れた。


「シュゼットー! 退屈だって言ってただろう? おもちゃを連れてきたよ」


(……今、おもちゃって言ったか?)


 オルフェリウスが連れてきたのはシオンだけだ。つまり、おもちゃ呼ばわりされたのはシオンに他ならない。


 オルフェリウスにシュゼットと呼ばれた少女は、視線だけ動かしてシオンを見やった。エメラルドのような大きな瞳が、まるでシオンの心の中を見透かしているような視線で、じっと見つめてくる。シオンは居心地が悪くなり、ついと目をそらした。


 シュゼットは無言でシオンを見つめていたが、しばらくすると興味が失せたように視線を外し、「そう」と短く答える。


 オルフェリウスはくるりとシオンに向きなおると、コホンと一つ咳払いしたあとで、堅苦しく命令した。


「シオン・ハワード、今日から君を、わが妹シュゼットの話し相手に任命する。光栄に思いたまえ」


 シオンはパチパチと瞬きを繰り返したあとで、こう返答した。


「―――はあ?」




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