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ブラックシープ~人形姫との下僕契約~  作者: 狭山ひびき
Act.1 人形姫との下僕契約
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プロローグ

新連載はじめます!

(書いたのは結構前の作品ではあるんですが…)

どうぞよろしくお願いいたします。



   女の子って何でできてるの?

   砂糖とスパイス

   それと素敵な何か

   そういうものでできてるの




 目下、シオン・ハワードを懊悩とさせる問題は、発見された新種の微生物でも新しいウイルス抗体の研究のことでもなく、つい最近「子守」を押しつけられた目の前の小さな少女のことだった。


 遠縁である国王オルフェリウスから押しつけられた彼女の名はシュゼットといい、十三歳くらいの外見の小柄な少女である。


 外見を裏切り、実年齢は十七歳という驚きの事実はもはやどうでもいい。


 そんなことでいちいち驚いていては、このびっくり箱かつ人使いの荒い、歩く迷惑少女シュゼットの相手はできないのだから。


 シオンは読んでいた本から顔をあげ、ちらりと窓際に視線をやった。


 城で働くメイドたちの子供だろうか、窓の外に広がる中庭からは、何やら軽快なテンポの歌が聞こえてくる。


(女の子って何でできてるの、か。スパイスは間違いないな)


 最近流行りの歌らしい。何度も耳にしているためすっかり歌詞を覚えてしまったシオンはこっそり嘆息する。


 そして、歌が響いてくる窓際に、仮面でもかぶっているのかと思いたくなるほど無表情でたたずむ青年を見やって、もう一度ため息をつきたくなった。


 まっすぐな肩までの黒髪を首の後ろで一つにまとめ、感情を宿さないまさしく黒曜石のような瞳の彼の名はアークという。彼はシュゼットが幼いころよりそばにいる護衛のような立場で、シオンにしてみれば、いわば「子守」の先輩である。


 もともと近衛隊に属していたアークは、入隊早々、上官も下を巻くほどの剣の腕を買われて――もとい、オルフェリウスに目をつけられて――、シュゼットの護衛として引き抜かれた。


 シュゼットにどんな我儘を言われても顔色変えず対応する彼は、実は蝋人形か何かなのではないかと思う。現に今も、用意された菓子が気に入らないと我儘を言う彼女のために、わざわざ新しい菓子を買って戻ってきたばかりだ。シオンなら「我慢しろ」の一言で終わるが、どうやらアークはそうではないらしい。


 シオンはソファの上でふんぞり返り、アークが買ってきた菓子を満足そうに口に運んでいる、豊かな金髪の少女に一瞥をやったのち、視線が合っては面倒ごとを押しつけられると、すぐに手元の本に視線を落とした。


 だが――


「腐らない死体があるのだそうよ」


 シュゼットは口の中のチョコレートを飲み込むと、唐突に言った。


 無視をしようと思ったが、機嫌を損ねた彼女の厄介さは嫌と言うほど身をもって知っているので、シオンは渋々口を開いた。


「―――ミイラか?」


 ある一定条件下で死体の腐敗が進行するよりも早く乾燥し、枯骸した死体をそう呼ぶらしい。


 シオンが暮らすロゼインブルク国にはそのような特殊な死体が保管されている博物館は存在しないが、南の砂漠に覆われた国には、古代のそのような死体が研究対象として保管されていると聞く。


 シオンが、それがどうした、と言いたげな口調で返せば、シュゼットは人を小馬鹿にしたような笑みを浮かべた。


「ミイラの話をしてどうするというの。あんなもの、死後、内臓と脳を取り出し、一気に乾燥させさえすれば人工でも作れるわ。珍しくもなんともない」


「……それなら死蝋しろうか?」


「あなたの脳に柔軟性がないというのはよくわかったわ。研究者というのは柔軟な思考回路を持った人が多いと思っていたけれど、趣味で細菌研究なんてしている程度の男には当てはまらないのね」


「……」


 シオンは早くも会話を切り上げたくなった。


 シュゼットは黙っていれば、それこそ精巧な人形のように美しい少女だが、口を開けば台無しだ。


 だが、シオンもやられたまま黙っていられるような性格ではない。組んだ膝の上に広げた本を閉ざすと、学者ぶったような口調で応戦した。


「いいかい? 人が死ねば腐敗菌と呼ばれる細菌が繁殖し、徐々にその肉体が朽ちていくものだ。逆を言えば腐敗菌が繁殖しなければその肉体は朽ちることなく原型をとどめると言うことになる。ミイラは死体の水分の割合が何らかの条件で少なくなったことで細菌の繁殖を抑え、結果腐敗するよりも早くに乾燥することによって形成されるものだ。


 死蝋は逆。外気と遮断され、細菌の繁殖が抑制されるという極めて珍しい条件下で、かつ湿度が極端に高いところで、腐敗を免れた肢体が蝋状になることによっておこる現象だ。どちらも、腐敗菌が繁殖しない、というのが絶対条件なんだよ。これ以外に死体を腐敗せずに保存すると言うのなら、いっそ氷漬けにでもするしかないね。永久凍土にでも埋めておけばいい」


「つまらない男」


 シオンが必死に説明したが、シュゼットはたった一言そう返すと、ふあっとあくびをした。


 シオンは自身の脳の血管が一本ぷつんと切れる音を聞いたが、口元をひきつらせながらもどうにか耐える。


 シュゼットは優雅な所作で紅茶を口に運び、にっこりと微笑んだ。


「言ってもわからない堅物に、現実というものを教えてあげるわ」


 お兄様に外出許可を取ってきて――、国王オルフェリウスが愛してやまない妹のシュゼットは、シオンに向けて野良犬でも追い払うかのように手を振った。






お読みいただきありがとうございます!


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どうぞ、よろしくお願いいたします。

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