第19話:はじめてのお茶会
「あら? 貴女、エイム?」
野鳥図鑑を買いに来たブックセンターで、見知らぬ女の子にいきなり声をかけられた。
ウチの高校の制服を着てるから、知り合い? と思ったけど、見覚えが無い。
背は高くてスタイルも良いけど、黒ぶち眼鏡におさげ。典型的な……いや、皆まで言うまい。
「その図鑑を買われるおつもり? そんなのより、こっちの方がよろしくてよ」
女の子はわたしが最初に見てた大きい方の図鑑を取って薦めてくる。
しかも、この口調。
「スズキ蘭?」
「フルネームで呼ぶな、つったろ?」
そしてたまにこの口調……怖っ。
って言うか、昨日と全然、雰囲気が違う。
昨日は眼鏡もかけてなかったし、おさげじゃなくてストロングだったし。
「じゃあ、蘭?」
「…まあ、いいでしょう。それより、そんな実用性の低いのより、実用性抜群のこちらのがよろしくてよ」
「えー、それって、大きくて重いし値段も高いから、こっちのがいい。写真もキレイだし」
「甘々ですわね。根本的に掲載されている鳥の種類の数が全然違いますでしょ。それに写真としては綺麗でも、個体の特徴が大きく出過ぎていて種としての特徴を標準的に現してはいませんの。フィールドで実際の鳥と見比べた時に誤認しやすいんですのよ。色も写真の色につられて微妙な違いから識別に無用なノイズを取り込んでしまいましてよ。それに、ほら、これは最新の版で、昨年の内容更新も入っていますわ。そちらのは初版で刷数だけ増えていますでしょ? 内容が全然更新されていないと言うことですわ。私は今日、この最新版を購入しに参りましたの」
「……」
ごめん。三行以上もセリフが続くと何言ってるかさっぱり分かんなくなるるん。
要約すると、観賞用としてはいいけど、図鑑としてはあまり役に立たないと?
しかも、蘭さんや。あなた、同じ本をまた買うって事? やっぱりお金持ち、なんだろうなあ。
「これは、老婆心ながら、私の経験から申し上げてますのよ。貴女が無駄な買い物をしなくても済むように」
ロウバシンとか日常会話で初めて聞いた気がする……老婆じゃなくて美少女心? 今は、眼鏡っ娘心か。
「なるほど。じゃあ蘭もこれと似たような本を最初に買って、満足できなくなって、そっちの大きな本に買い替えた、って事なのね?」
「ええ。その通りですわ」
なんだ、上品なくせに微妙に口が悪いけど、根っこは優しい子なんね。
ん。でも。
「それでも、わたしはこっちの小さいのを買うよ」
「! そんな……」
熱くなる蘭を制して続ける。
「いいの。わたしも、あなたが辿った道を、同じように辿ってみたい」
「どうしてそんな無駄な……」
「無駄かもしれないけど、無駄でもないと思うんだ」
さらに遮る。
「教えてくれるのは有り難いよ。でも、何故かって理由も深く気付かないままよりはさ」
真剣な口調で話すと、蘭も真剣な表情で聞いてくれている。
「『あの時、蘭が言ってたのは、このことだったんだ』って自分で気付ければさ。蘭も自分の言った事が本当に正しかったんだって、自慢できるでしょ?」
「……屁理屈のようにも聞こえますけど、なかなか、正鵠を得ていますわね……」
よかった。まんざらでも無いみたい。
「じゃあ、わたしこれ買ってくる。ありがとうね、いろいろ」
「お待ちなさいな。私も一緒に参りますわ」
二人でレジに向かう。
会計を済ませて二人で店を出ると、蘭がまた話しかけて来た。
「ねえ、この後、お時間ありまして? 少し、お茶でもいかがかしら?」
新手のナンパかよって一瞬思ったけど。
まあ、ちょっと変わった子だけど、同じ女の子だし、気兼ねなく話もできそう。ちょっとぐらいお茶してくのは悪くないわね。
「いいよ。どこ行く?」
「近くに雰囲気の良いカフェがありますわ。そちらに参りましょう」
「おっけー。案内よろしく」
と言うわけで、少し歩いて蘭お薦めのカフェへ。
高速道路の高架の下を渡って道路の反対側。住宅街の端っこにそのお店があった。
確かに落ち着いたいい感じの喫茶店。とゆーか他のお客さんも居なくて、わたしたちだけの模様。さびれた、って表現の方が正しいかもしれない。
でも、のんびりお茶してお話、には向いてるかも。
適当な席に座って、紅茶を頼む。蘭はブレンドコーヒー。渋いな……
「貴女、昨年の年末から急に野鳥撮影を始めたんですって?」
「んー。まあ、そんな感じ」
そこは根掘らないで欲しいところ。
「どうしておじさまと?」
「あー、それは本当に偶然、たまたまだよ。端っこの方に居たカワサキさんが一番声かけやすかったから『何かあるんですか?』って感じで話しかけて、その流れで、色々教えてもらった感じ」
うん。これは本当。
「本当ですの? おじさまがカッコイイからとか、狙ってたりしないでしょうね?」
うん、なんか悟り。
「おじさま、って言うかさ、お祖母さんのお兄さんだったら、『大叔父さま』じゃない?」
気になってネットで調べてみたのだ。
「おおおじさま、とか、呼びにくいじゃないですか」
多分、そうだとは思った。
ちなみに、妹の孫は『姪孫』、または『大姪』だそうです。
「そういえば、蘭もカワサキさんも、フルネームで呼ばれるの嫌がってたみたいだけど、なんで?」
「……嫌だって言ってますのに、わざわざ聞いてきますのね……性格悪いですわよ」
「だって、気になるじゃん」
「はぁ……まあ、よろしいですわ」
と、気乗りしない様子なものの、ブラックでブレンドを飲みながら、ぽつりぽつりと語ってくれた。わたしも紅茶をすすりながら聞く。
「私の名前、蘭は、お祖母様に付けていただきましたの。理由が……その……お祖母様が初めて乗ったバイクで『スズキ蘭』って名前だったんですの。お祖母様ったら、お母様が鈴木家に嫁いで娘を産んだって大喜びでこの名前を付けろと主張して通したらしんですの……」
スズキ蘭……バイク……検索……おお、コレか。
当時のCMのチューブが出てきた。すごい。大昔のアイドルかぁ。
孫に自分の乗ってたバイクの名前を付けるとか、なかなか……いや、他人の事が言えた義理じゃない、わたしの名前(泣)
「いや、これ、昔の人ならともかく、今のわたし達の年代の子ならぜんぜんわからないんじゃない?」
「……たまに知ってる人もいらっしゃるのよ」
なるるん。
「カワサキさんも、本名がヤだって言ってたよね」
「ええ。おじさまも名前がそのままバイクの名前なんですの」
「えーっと、確か、ホンダ……何さんだっけ?」
「タクト。ホンダ・タクトですわ」
ホンダ、タクト、と。検索。
ふむふむ。こっちもスクーターか。
「バイクのタクトが発売されたのが、おじさまが学生の頃で、当時名前でかなりイジられたらしくて」
気持ちはわからなくも、ないな。
わたしの名前もバレたら、多分、かなりイジられそう……
「『ウチの名前が先だああ』って嘆いてらっしゃいましたわ。それでホンダのバイクがお嫌いになって、『バイクはやっぱりカワサキだ』ってことみたいですわ」
ある意味、蘭より哀れ。
「まあ、貴女の名前も相当ですけどね、永依夢」
ぐはっ。見事にブーメラン。
そういえば、石田君もわたしの名前には食いついてないから、石田君はFPSはやってない、ってことだな、多分。知ってて気付かないフリをしてくれてるだけかもしれないけど。
「そんな事より、大事なお話がありましてよ」
ん?急に真面目な顔して、どうした?
「何?」
「貴女、これからもまたあの公園で野鳥撮影、続けるおつもり?」
「うん、多分、しばらくは」
「でしたら、これからは、私と行動を共になさいまし」
「なんで?」
友達、居ないのかな?
「私と、と言うか、私と、おじさまと、ですけど」
どゆこと?
「私も、ですが、貴女も歳相応の女子。女子が一人で人気の無いところを徘徊するのは好ましくない、と言うことですわ」
「そんな大げさな……」
「大げさでもないんですのよ、これが」
あー。悟り。
「なんかあった? それも実体験からの老婆心?」
「お察しの通り。悲しいかな世の中善人ばかりではない、と言うことですわ」
そう言われると、一気に恐怖感に襲われる。
確かに。
よくよく考えてみると、発端になったあの早朝の暴走も、かなりやばかったかもしれない。逆に、あそこでカワサキさんに出会ったのは偶然とは言え超ラッキーだったかもしれない。
「そこは素直に聞くよ。よろしく、蘭先輩」
「せんぱ…! そういえば、貴女、何組でして?」
「一年五組だよ」
「私は一組」
「そっか。一年近く経つけど、一組と五組じゃまったく接点なかったね」
「先輩はお止めなさいな」
「んー。鳥撮りに関してはどうやらかなり先輩みたいだから、いいじゃん」
「む。言われてみれば……私、小学生の頃からおじさまに着いて野鳥観察、野鳥撮影を続けてますからね」
「ん、じゃあ、蘭先輩、改めて、よろしくね」
「それでは早速、今週末の予定を……」
スズキ蘭が、仲間になった!(てってれー)




