第106話:別荘のお部屋でお食事
ずっ、ずずずぅっ。
「ほら、永依夢はン、鼻かみぃや」
「あ゛り゛か゛と゛ー、か゛た゛な゛」
方菜ちゃんが、ティッシュを差し出してくれる。
泣いちゃったから、鼻水もずずず。
乙女的には、微妙な状態ながら。
幸い、ここには。
通されたお部屋には、蘭先輩と方菜ちゃんとわたしの三人だけだし。
ティッシュで鼻水を処置して。
「はぁぁぁぁ……」
でっかい、でっかい、ため息。
わたしもだけど、方菜ちゃんも、蘭先輩も。
何を言っていいのか、何を言えばいいのか。
わかんない状態の、沈黙。
そこへ。
コンコン、と、扉がノックされる、音。
「お飲み物とお食事、お持ちしました」
あぁ、さっき、部屋に案内してくれた、女性かな。
「あ、はい、おおきに、どうぞー」
比較的に心も身体も身軽な方菜ちゃんが応対してくれて。
「落ち着かれるまで、こちらでお過ごしくださいませ」
和服の女性は、そう言って飲み物や食べ物を置いて、出ていかれ。
「まだあンま食べてへんかったし丁度えぇわ」
立場的にも中立的な方菜ちゃんが居てくれて、よかった、かな。
「蘭はンかてあんま食ぅてへンやろ、とりあえず、食べよ食べよ。ハラが減ってはナンとやら、ちゅーやろ。ほら、永依夢も食え食え」
そういえば、蘭先輩はあの人とのやりとりだったり、方菜ちゃんはバイク談議、わたしも写真やカメラを見せたりで、まだあまり食べてなかったっけね。
バーベキューを、お部屋で、お皿で。
ちょっと、何だかなぁ、ってところもありますが。
状況が、状況だけに。
けど。
「言ってもしょうがないし、とりあえず、食べよっか」
わたしも、気を取り直して、って感じで。
ちょっと場の雰囲気に流されたと言うか、中てられたと言うか。
「うっわ、この肉、めちゃ美味っ!」
わたしも、ぱくり。
「ほんと、美味しい、ね。蘭も食べよ、ね」
「せや、冷めてもぉたら美味ぅのぅなるさかい早ぅ食わンと」
「…………」
意気消沈の、蘭先輩。
色々と、いっぱい、思うところはあるのは、わかるけど。
方菜ちゃんの言う通り。
ハラが減っては、なんとやら。
「永依夢、方菜」
「ん?」
蘭先輩?
「ふたりとも、巻き込んでしまって、ごめんなさい……他の皆さんも……」
「しゃーないしゃーない。気にすンなっちゅーのは無理かもしぃひンけど、場の勢いちゅーンもあるさかい、まぁ、たちまちはメシやで」
「うん、蘭、食べよ食べよ」
さっきの事を思い出せば、わたしも、少し心苦しいところも、あるけど。
方菜ちゃんのおかげで、少し気を楽にすることが、できてる。
直接の当事者じゃないから、って言うのもあるんだろうけど。
わたしも、あの場の流れに、流されちゃってたからなぁ。
ちょっと、反省。
「え、ええ……では、頂きます」
しばし。
バーベキューの直火からじゃないんで、少し冷めかけてるけど。
お肉、お野菜、それに海鮮も。
「せやけど、びっくりしたなぁ、あないにオトコンナがぎょうさんおるやなンて」
おとこんな?
あぁ、男女。
女装してる、男子。
女装男子。
あの、園田さん……蘭先輩の、ライバルの女性の、娘さん……じゃなくて、息子さん。
それに、他にも。
女性の格好をしている、男の人。
まだ四~五歳くらいのちっちゃな子まで。
確か、全部で五人、居たっけ。
「確か、潜在的にはそれなりにいらっしゃるらしいですけど、あそこまで堂々とされていてあからさまなのは、珍しいですわね」
蘭先輩も、方菜ちゃんが切り替えた話題に、乗ってくれた。
食事をはじめたこともあって、蘭先輩も少し気分を変える事が、できたかな?
なら、いいんだけど。
「あぁ言う人らて結婚とかどないすンねやろ? 相手は、男? 女?」
女性の格好をしているとは言え、身体は男性。
心までは、わからないけれど。
LGBTとか、LGBTQ、だっけ。
「それこそ、人によりけりでしょ」
男性と男性が、女性と女性が、とか。
男性のような女性、女性のような男性、とか。
まだ、どちらでも無い、とか。
高校の時に、ちらっとそんな授業があったのは覚えているけど。
自分にとってはあまりにも日常とかけ離れていたから、試験用に暗記した程度で、深くは考えた事なかったなぁ、なんて思い出したり。
意外と覚えているものね。
でも、いざ、自分のまわりで、とかなると。
戸惑いも大きいだろうし。
相手が、ってなると。
うぅん、どうなんだろう……?
「そない言うたらあのウチらと同い年くらいのお姉兄ちゃン、女と結婚して子供もおったな……その子供も男の子やのに、可愛らしい女の子の服着とったし」
「他は高校生だっけ」
「せやな」
食べたり飲んだりしながら、そんな雑談を、しばし。
もちろん、蘭先輩の件については、今のところ直接触れないように。
「お、もう無ぅなってもたか……おかわりもろてくるわ」
食料が尽きたため、方菜ちゃんがそう言ってお盆を持って、部屋を出て。
蘭先輩と、ふたり。
「永依夢」
その蘭先輩、方菜ちゃんが部屋を出るや、いなや。
「皆まで言わんでええよ」
うん。
その方菜ちゃんの関西弁が、地味に移ってしまってる感。
「二人が居てくれて、よかったですわ」
皆まで言わなくてもと言ったにもかかわらず。
まぁ、言いたくなるのは、わかるけど、ね。
それ以前に、今回、この場所で、って方が、問題だった気もするけどね。
ただ、あの女性と二人きりで会うよりは、よかったのかもしれず。
「それより、明日どうする? 鳥撮りの気分じゃない?」
「あぁ、いえ。それは、それとして」
うん。
蘭先輩自身も、芯の強い女性。
切り替えていければ、何より、なんだけど……。
それよりも。
どかどか、どんと、乱暴に、方菜ちゃんが戻って来て。
「えらいこっちゃ!」
「どうしたの?」
「涼子はン来てカワサキはン吊るし上げられとるっ!」
え?
何?
どういう状況!?
※たちまち=とりあえずの意。広島弁。
どうやら、方菜の両親のどちらかは広島出身らしい。