SNS上で親友とやり取りしてると思っていたら、実はその相手は親友の妹だった
全ての始まりは、僕・佐木政宗が親友の家に遊びに行ったことだった。
テスト勉強という名目で集まったくせに、実際に勉強したのは最初の1時間だけ。あとは長すぎる休憩としてゲームをしていたのがいけなかったのだろう。
親友の妹が、乱入してきたのだ。
「初めまして、政宗先輩! 私、久志お兄ちゃんの妹の芽美っていいます! よろしくお願いしますね!」
出掛ける前だったのか、芽美ちゃんはおめかしをしている。
化粧には気合が入っているし、服だっておおよそ家の中で着るようなものじゃない。
もしかして、デートなのかな?
「厳密には、初めましてじゃないよね? 芽美ちゃんって、うちの高校の生徒じゃなかったかな?」
「ご存じだったんですか!?」
「何度か久志を訪ねに教室に顔を出していたでしょ? だから、見たことがあったんだ」
「政宗先輩に覚えていただけていたなんて……光栄です」
僕なんてただの一般生徒なんだし、そこまで感激するほどじゃないと思うけど……。
「あの、政宗先輩。良かったら、私もご一緒して良いですか? 私、好きなんです!」
「好き? ……あぁ、このゲームのことか。確かにこれ、面白いものね。良いよ。一緒にやろう」
答えると、なぜか久志の方がコントローラーを芽美ちゃんに譲った。
「ほら、芽美。ここに座れよ」
「ありがとう、お兄ちゃん!」
「……普段は呼び捨てにするくせに、こういう時だけ「お兄ちゃん」呼びなのな」
「何か言った、お兄ちゃん?」
「……何でもありません」
こんな風に会話するなんて、仲の良い兄妹だな。僕の家なんて、最近兄さんとろくに口をきいていないというのに。
「だけど芽美ちゃん、用事は良いのかい? そんなに可愛い服を着ているんだから、デートかなぁって思っていたんだけど」
「デートじゃありません!」
半ば反射のようなスピードで、芽美ちゃんは否定する。その勢いに圧倒されて、思わず「そっ、そうなんだ」としか言えなかった。
隣では久志が口元を手で押さえて必死で笑いを堪えている。
そんなに僕の滑稽な姿が面白いか? よし、戦争だ。ゲームの中でフルボッコにしてやる。
それから夕方になるまで、僕たちは三人でゲームを楽しんだ。勉強は、全然進んでいない。
帰り際、玄関まで見送りに来た久志が、ふとこんなことを呟いた。
「お前に「お義兄さん」って呼ばれるのは、なんだか抵抗あるんだよなぁ」
「はあ? 確かに僕には兄がいるけど、親友を兄と間違えるほどボケちゃいないよ」
「……そうだな。ボケてはいないな。鈍感なだけで」
鈍感とは、一体どういうことか?
結局久志の発言の意図がわからないまま、この日の勉強会はお開きになった。
◇
その日の夜、お風呂から上がると、久志からメッセージが届いていた。
『なぁ、政宗。お前はどんな女の子が好みなんだ?』
……彼の真意がわからない。
『いきなり、何だい?』と返信を送ると、即既読がついた。
先のメッセージが送られたのは5分前だというのに……まさか久志のやつ、5分間ずっと俺とのトーク画面を開いていたのか?
『別に、ただの雑談だよ。例えば髪が短い子と長い子、どっちが好き?』
『そうだなぁ……強いて言えば、髪が短い子かな』
別に髪の長い子が嫌いというわけじゃない。しかし僕の好きな女優の髪が短かったので、そう答えただけだ。
その後久志から『わかった。参考にしてみる』というメッセージが入る。……何の参考にするつもりなのだろうか?
疑問を抱いたままベッドに入り、そしてやって来た翌朝。
登校すると、昇降口で芽美ちゃんに会った。
「おはようございます、政宗先輩!」
「おはよう、芽美ちゃん! ……で、あってるよね?」
疑問形になってしまったのは、芽美ちゃんの容姿が昨日と大きく変わっていたからだ。
長く綺麗だった彼女の黒髪が、肩の辺りまでバッサリ切られている。
一夜にして、どんな心境の変化があったのだろうか?
「……失恋?」
「まだ失恋してません! 絶賛恋愛中です! 髪を切ったのは、その一環というか……」
そうなると、差し詰め芽美ちゃんの好きな人の好みに合わせたというところか。
好きな人の為に女の命ともいえる髪を切るなんて、芽美ちゃんは一生懸命な子なんだな。俺は感心した。
「どうですか? 似合っていますか?」
「うん、似合っているよ。凄く可愛い」
「可愛い、ですか。そうですか……」
変なことを言ったつもりはないのに、芽美ちゃんはなぜか俯いてしまった。
「芽美ちゃん?」
「ダメです! 今私、顔がヤバいことになってますから」
もしかして、泣かせちゃったとか? だとしたら、一刻も早く彼女の視界から消えた方が良いな。
「えーと、芽美ちゃん? 僕はもう行くからさ、落ち着いたら、芽美ちゃんも教室に行きな。ねっ」
未使用のハンカチを手渡し、「ごめんね」と謝ってから、俺はその場をあとにした。
後で話を聞くと、芽美ちゃんは俺から受け取ったハンカチを、鼻に押し付けていたらしい。そしてひたすら鼻を啜り続けていたとか。
そんなにも泣かせてしまったとは、申し訳ない限りである。
◇
政宗より少し遅れて、久志が登校した。
学校に着いた久志の目に入ったのは……ハンカチを鼻に押し付けて、ニヤけている妹の姿だった。
これはヤバい顔だ。外でしてはいけない顔だ。
兄としてやめさせなければと判断した久志は、芽美に声をかけた。
「おい、芽美。そのハンカチどうしたんだ?」
「政宗先輩に借りた」
「政宗にって……それを使って変なことしてないよな?」
「久志の変態! 何を想像してんの!」
「じーっ」
「……匂いを堪能してました。ごめんなさい」
やっぱりかと、久志は額に手を当てる。
親友のことが好きすぎる妹。芽美の存在こそ、久志の最近の悩みの種だった。
◇
その日の夜も、風呂から戻ってくると久志からメッセージが入っていた。
『政宗って、ご飯派? それともパン派?』
……本当、僕の親友はどうしてしまったんだろうか?
今までこんな質問をされたことなんて、一度もないぞ?
恋人にお弁当を作ってくるわけじゃないし、僕の食の好みなんて大して気になる筈もないだろうに。
しかし大した情報でないからこそ、俺も返答を拒む理由がない。そこがまた、厄介なところで。
我が家の朝食がいつもご飯と味噌汁ということで、取り敢えず僕は『ご飯』と返信した。
『ご飯だな。了解した!』
またもモヤモヤを残したままベッドに入り、翌朝を迎える。
登校すると、今朝は昨日と異なり既に久志が教室に着いていた。
「おーっす、政宗」
「おはよう、久志」
朝の挨拶を交わした後、僕は自分の席に向かう。
途中久志に呼び止められて、昨晩のメッセージ上でのやり取りについて何かしら言われると思っていた。
「そうだ。おい、政宗」
ほら、来た! と思いながら、僕は「何?」と返す。
「英語の課題、やってきたか? 実は一問だけわからないところがあって、出来れば教えて欲しいんだが」
「それは、構わないけど……」
英語の課題? ご飯派パン派の話じゃなくて?
久志の口からその話題が出るのを待っていたわけだけど、結局午前の間に出ることはなく。
辛うじて昼休みに芽美ちゃんが僕におにぎりを作ってくれたんだけど……それと昨晩のメールは、なんら関係ないよね?
◇
その日以降も、久志からの奇妙なメッセージは続いた。
『デートするなら、どこに行きたい?』
『年上と年下だったら、どっちが好きなんだ? 仮に年上好きだとして、もし年下の女の子に告白されたらどう答える?』
『素直じゃない子と尽くす子だったら、どっちが良い?』
こんなメッセージが、連日連夜送られてくる。
不思議なことに、どれもこれも恋愛に関係するような質問ばかりだ。まさかとは思うけど、久志のやつ僕に気があるわけじゃないよね?
はっきり言おう。気持ち悪い。
男から、それもこちらはあくまで親友としか見ていない相手からこういったメッセージが立て続けに送られては、流石に段々とストレスへと変わってくる。
我慢の限界に達した僕は、とうとう久志を直接問い詰めることにした。
最初のメッセージが届いてから一ヶ月後の昼休み、僕は久志を校舎裏に呼び出した。
「久志。お前、僕に変なメッセージばかり送るなよ」
「変なメッセージ?」
「とぼけたって無駄だよ。証拠はここにあるんだから」
僕はスマホの画面を久志に見せる。
画面を見た久志は、予想外の反応を見せた。
「何だよ……これ?」
「白々しいな。これはお前が送ったメッセージだろ?」
「ちげーよ! 俺、こんなもの、送っていないって!」
「ほら!」と、久志は自身のスマホの画面を俺に見せてくる。
表示されているのは、俺と同じトーク画面。その筈なのに、載っているメッセージは全く同じとはいかなかった。
僕へ送ったよくわからないメッセージだけが、久志のトーク画面からは丸々抜けていたのだ。
僕の画面に表示されているメッセージが、久志の画面にはない。これが意味する事実は、ただ一つ。
久志のトーク画面から、件のメッセージが削除されているのだ。
しかし、妙な話だな。
メッセージを削除しただけでは、あくまで自分のトーク画面から消えるだけで、メッセージを送った事実がなくなるわけじゃない。
そんな行為を、久志がするメリットがあるだろうか?
となると、久志以外の何者かがメッセージを削除したと考えるのが自然なわけで。更に言えばメッセージの送り主自体、久志でない別の誰かというわけだ。
ここで、新たな疑問が生まれる。果たしてメッセージを送った人物とは誰なのか?
真実は、久志の口から語られた。
「……わかった。芽美の仕業だ」
「芽美ちゃんの? 何でそんなことが言えるんだ?」
「メッセージの送信時間を見てくれ。毎晩7時半から8時の間だろう? 俺は大体この時間に風呂に入るんだ」
「お前の入浴時間が、この一件と何の関係があるんだよ?」
「よく考えてみろ。俺が入浴している間、スマホは自室の机の上に置きっぱなしになっている。つまり、家族なら誰でも自由に触れる状態になるんだ。芽美はスマホが無防備になるその時間を狙って、お前にメッセージを送っていたのさ」
久志の推論は、確かに筋が通っている。
だけどまだ一つ、わからないことがあった。
「成る程。でも、どうして芽美ちゃんがそんなメッセージを?」
「それは……芽美に直接聞いた方が良いと思うぞ」
◇
久志と別れた後、僕は彼の助言に従い、芽美ちゃんを呼び出した。
「こんなところに呼び出して、どうしたんですか、政宗先輩?」
「お昼休みに悪いね、芽美ちゃん。どうしても聞きたいことがあって」
「気にしないで下さい。政宗先輩からの呼び出しなら、いつでもどこでも最優先事項ですよ」
「そう言ってくれると、助かるよ。……聞きたいことっていうのは、このメッセージのことなんだ」
俺はスマホのトーク画面を芽美ちゃんに見せる。
「このメッセージ、久志とのトーク画面に載っているけど……これを送ったの、芽美ちゃんだよね?」
「……バレちゃいましたか」
芽美ちゃんは誤魔化すことをしようとせず、素直に自白した。
「そうですよ。そのメッセージは、私がお兄ちゃんの目を盗んで政宗先輩に送ったものです」
「どうして、そんなことを? ご飯派かパン派かとか、デートでどこに行きたいかとか、そんなの知って何の意味があるんだよ?」
「好きな人のことだから、何もかも知りたい。そう思うのは、おかしなことですか?」
俺のことが……好きだって?
突然の告白に戸惑いながらも、そうだとしたらこれまでの全ての不可解に理由がつくと、納得してしまう自分がいる。
全ての謎が解けて、すっきりした俺の中に残った唯一無二の感情はーー「好きと言われて嬉しい」だった。
「芽美ちゃん。僕はまだ、芽美ちゃんのことをろくに知らないと思うんだ」
「……そうですね」
「だからさ、これからは、僕の方からも芽美ちゃんにメッセージを送って良いかな?」
芽美ちゃんがご飯派かパン派かとか、デートでどこに行きたいのかとか。そんなメッセージを、今度は僕から送るとしよう。
今度はタイミングや回数に縛られる必要がない。好きな時に、聞きたいだけ質問を投げ掛ければ良い。
生まれたばかりで今はまだ名前のないこの感情にも、そう遠くないうちに「恋」という名前を付けられるかもしれない。僕にはそんな気がしてならないのだった。