スタートライン
それから私なりにもがき続け、月日が流れ、ついにきた。練習する日々は、大変なこともあったけど、充実していてその大変さにすら幸せを感じた。そして今、思い出の地の中に佇む大きな舞台が立ちはだかる。
「今日はゲストを呼んでいるんだ。さっそく来てもらおう!どうぞ!」
海さんからの合図で、私は舞台へと真っ直ぐ進む。一歩一歩踏みしめて。
「清水音羽です。本日は、素敵なステージにお招きいただき感謝します。今日は、私にとって大切な1曲を披露します。よろしくお願いします。」
もう大丈夫。私らしく踏み出そう。この曲と共に。
私を信じて、この音楽を託してくれた奏太に恩返しをしたい。
そして、たくさんの人を笑顔にしたいんだ。私の紡ぐ音で。
精一杯の気持ちを込めて届けよう。
最初の音を鳴らし、海さんの伸びやかな歌声が重なる。たった数分。たった1曲。だけど、一生忘れることのない、かけがえのない時間になった。久々に自分らしい音で楽しむことができた。演奏を終え温かな拍手が響く中、この場に立つことをやっと許された気がした。
「奏太…。」
無事にステージを終え舞台袖に戻ると、端の方に奏太がいるのが見えた。
「お疲れ様。すごく良かったじゃん。やっぱり音羽のピアノは最高だ。これで安心。この世に悔いはないよ。」
すぐに奏太の元へ向かうと、晴れ晴れとした笑顔で出迎えてくれた。
子どもの時と変わらない。
いつだって私を照らしてくれる。
「ありがとう、奏太。やっぱり奏太は太陽だ。ピアノがまた弾けたのは、奏太のおかげだよ。」
今が最後だとは思いたくない。
でも、後悔しないように、真っ直ぐに自分の気持ちを伝える。
「音羽、これからも素敵な音たくさん響かせるんだ。音羽なら大丈夫。俺もずっと応援してるから。音羽が苦しい時、これからは太陽、というよりは、とびっきりキラキラした一番星になって、道標になってやる。」
「ふふっ、それは心強いね。」
やっぱり奏太は私を励ます天才だった。
しんみりした気持ちを忘れて、自分自身も笑顔をこぼすことができた。
「音羽ちゃーん!打ち上げ行くよー!」
「ほら、海が呼んでる。行ってきな。」
「ありがとう、奏太。」
私は背中を強く押されて一歩出た。海さんの元へ向かう途中ふり返ると、もう奏太の姿はなかった。これが本当に、奏太との最後の思い出になった。
そして、私はやっと人生のスタートラインに立てた気がした。