プレゼント
ずんずんと足を止めることなく進む彼に引っ張られること数分。
お洒落な店の入口の前に来た。
モダンで大人びた雰囲気を前に、緊張感がぐっと増す。
「着いたよ。友達がやっている店なんだ。彼なら必ず力になってくれるから。」
そう言う彼の顔は、とても真剣で逞しかった。
「じゃ、俺は帰るね。」
「あ、えっ、ちょっと!」
かと思ったら、彼は言いたいことだけ一気に言い終えると、いたずらっ子のような笑みを浮かべて颯爽と去っていった。
今起こっているのは夢か現実か。展開が早すぎてついていけない。
入口の前で戸惑っていると、目の前のドアがカランコロンと軽快な音を鳴らして開いた。
「なんだか騒がしいねぇ。おっ、奏太に会えたんだね。いらっしゃい。」
そして、私に気づいた人が、全部予想していたかのように出迎えてくれた。
この人が奏太の友達だろうか。なんだか同年代とは思えない貫禄だ。
いろんな疑問がうかんだが、とりあえず店に入って席に着いた。
「今はお客様がいなくて貸切状態だし、寛いで。」
そうは言われても、自分の場違い感がすごくて落ち着くことができない。
それでも、何か意味があるのだと言い聞かせて、お店の人を待つことにした。
「まずは会えた記念にプレゼントあげる。」
奥から戻ってきた彼から渡されたのは、すごい量の楽譜の束だった。
「これ、全部奏太が作曲したんだ。君に弾いてほしくて。」
「えっ?」
「急に言われて驚いただろうし、今から大切なお話をするよ。」
それから彼は、幼子を諭すようにゆっくりと話し始めた。
「この街にある特別なしきたりのことは知っているね?」
もちろん知っている。
それは、亡くなった人が1度この世へ戻り、逢いたい人1人の元で想いを伝えることができるというものだ。
ただし、それが叶うのはこの世を去って49日後から1周忌を迎えるまで。
願えるのも1度きり。
さらに、お互いが強く逢いたいと望んでいることが条件となる。
つまり、生きている相手が自分に逢いたいと強く望んでいない場合叶わない。
今この話をされるということは、信じたくないが、奏太と再会できたのはそういうことなのだろうか。
「奏太は僕と知り合った頃から病気だった。高校で出会ったんだけどね。それで、入院が長引いた時にこれを渡してきたんだ。この写真の子が来たら、この楽譜を渡してチャンスをあげてって。あのしきたりに従って、ここに連れてくるからって。僕もこの街のしきたりの噂は聞いていたし、君が来た時すぐにわかったよ。」
奏太は自分の命がもう尽きると知った時、私に逢うことを決めて彼にその想いを託したというわけか。私を信じて。
「奏太言ってた。遠い病院に入院することになって、急に会えなくなった幼馴染がいるのが心残りって。その子の両親は忙しくて家にほぼいないし、自分がいなくなったらその子の拠り所がなくなるかもって。そしたら、ピアノ弾かなくなるかもって。きっと奏太には全部お見通しだよ、君のこと。」
確かにその通りだ。私のことは両親よりも奏太の方がずっと理解してくれていた。
ピアノを始めたのは大企業家である親のステータスのためだった。
それでもピアニストになりたいと思えたのは、奏太が心から私の演奏を喜んでくれたから。
自らの力で光ることを知らない月のような私を、太陽みたいな笑顔で照らしてくれたから。
でもそんな奏太がいなくなって、再び親の操り人形のように弾くしかなくなったピアノが怖くなった。
そして、気づけば歪んだ音しか出せなくなって、とうとう自分のピアノを弾けなくなった。
「奏太の1周忌。奏太がずっと好きって言ってた公園の野外ステージでライブをするんだ。こう見えて俺、歌手でさ。顔出し滅多にしないから、顔見てピンときてくれる人は少ないけど。君にそこでピアノを弾いてほしい。奏太の曲を。」
深い信念が瞳の奥からひしひしと伝わる。
「…わかりました。」
その瞳の強さに負けてつい答えてしまった。
でも、これで何か変わるかもと少し期待した自分もいた。