お泊まり会
『円が怪我をして心配なので様子を見る為に、泊まってもいいか?』
妹にそうメッセージを送ってみた。
どれだけ怒られるか、でも本当に心配なのだ。
すると。
『怪我って、大丈夫なの!』
あれ? もろ手をあげて喜ぶ反応かと思いきや、円の身を案じる妹。
なんだかんだ言ってもそこまで憎めないのだろうな、と少しだけ安堵する。
『多分大丈夫だと思うけど、お腹を痛めたらしくて、病院にも行かないって言うし』
『まあ、行かないでしょうね』
ん? なんでそんなの当たり前だ、みたいな返事なんだろうか?
まあいい、とりあえず今はそんな些細な事を追及している場合では無いと判断し、その言葉を無視した。
「だから今夜もしもの事が無い様に側に居ておきたいんだけど」
『いいよ、約束を守るのなら』
そう返信が帰ってくる。
約束というのは、円となにかしたら、それと同じ事を妹とする。
そして円との事に関して嘘はつかない。
この2点。
円と会っている事を黙っていた事で、妹と揉め、僕は北海道で死ぬところだった。
だから僕はこれ以上妹に、特に円との事に関して嘘はつけない。
『わかってる』
『りょ』
……あっさりと了承されてしまった。
会長と出かける時の事を言った時の円といい、今の妹といい……僕は自意識過剰なのだろうか? もっとこう……焼きもち的な事を期待していた自分が恥ずかしい。
それにしても、やけに素直な妹に一抹の不安が過る。
まあ、とりあえず虫の居所が良かったと思う事にし、怒られなかった事に安堵する。
というわけで……「初めて円のマンションに泊まる事になった」
「泊まるって、ここは貴方の家だって言ってるでしょ」
「うお!」
お風呂上がりでバスタオルを身体に巻いた円がリビングに入ってくる。
「ちょ! それ、しし、下は、下着は」
「ん? 下着って、お風呂に下着のまま入る程変態じゃないよ~~」
ケラケラと笑いつつ円は顔に化粧水の様な物を塗っている。
なんでわざわざここで? 洗面所でやれよ。
「いや、僕の目の前に裸でいるのは変態では?」
「今さら私の裸で何をそんなにビクビクしてるの? 北海道で一緒にお風呂に入ったでしょ?」
「いや、入ったけども、見てないから、一度も見てないから!」
本当に見てない、見てないからね!
「ふーーん、じゃあ……見たい?」
ニヤリと笑いさっきのようにバスタオルの結び目をほどこうとする円。
なんだ? ひょっとして露出癖でもあるのか?
芸能人だから人に見られる事に鈍感になっているのだろか?
いやいや、だからといって「見せて」と言えるわけはない。
「い、いええ、じゃ、僕もお風呂に入ってくるから!」
「そ……」
僕は残念そうな顔の円に……若干後ろ髪を引かれつつ慌ててリビングを後にする。
ちなみに円のマンションには北海道に行った時に買って貰った服等の着替えがそのまま置いてあるので、いつでも泊まる事は可能だ。
勝手知ったる円のマンション、僕は杖をつきつつ浴室に向かう。
リビングを出て玄関の側にトイレ、そしてその隣に浴室がある。最近は暑くなって来たので学校帰り勉強をする前、汗を流したく時々シャワーを使わせて貰っている。
ちなみに、ここのトイレも浴室も僕しか使っておらず、円は自室にあるトイレと浴室を使っている……おっと円はトイレには行かない……って言っていたのでトイレは無いかも知れないw
つまり、僕のいない時に誰かをマンションに入れない限り、僕専用のトイレと浴室なる。
そして円は僕が入りやすいようにしっかりバリアフリーにしてくれていた。
欲しい所に手摺があり、で家よりも入りやすい。
なのでとりあえず僕はさっさとシャワーを浴び(僕の風呂シーンなんて誰得だし)急ぎリビングに戻ると、テーブルの上には既に宅配で頼んでいたピザやチキンが並んでいた。
「これだけ食べられるなら大丈夫かな」
可愛らしい赤のパジャマを着ている円、髪もすっかり乾かし戦闘態勢を整えテーブルの前でお預けされた犬の様におりこうさんにして待っていた。
チックもこれくらい躾ていたら僕の足も……なんて事をついつい思いつつ、円の反対に座る。
「早く早く……ててて」
「動くなっつーの」
さっき見たけど、腕にもうっすら痣があり、もう絶対誰かと殴り合いでもしたんじゃないかって思わざるを得ない。
「早く食べようよ~~」
そう言ってよだれを垂らさんばかりにピザを見つめる円。
良いところのお嬢様なのは会長と変わらない筈、なのにこの違いは一体なんだろうか?
しかし、会長との食事は、その会長のあまりの所作に圧倒され、緊張してしまった。
今日だって安いファミレスだというのに、会長が食べているとまるで高級レストラに居るって勘違いしてしまう程だった。
なので会長と食事するよりも、円と食事する方がだいぶ楽なのは否めない。
円もテーブルマナーとかは完璧だし、所作も美しいのだけど。
こうも違うのは、育ちの違いなのか、食べる事への執着心の違いなのか?
「……なんか失礼な事考えてる?」
「いいぇ全然」
「もう! 朝から何も食べてないから、お腹空いてるの!」
「わかったから食べよう」
「ふーーんだ」
不機嫌そうな顔でマルゲリータピザをすくい取ると先を丸めて口に放り込む、するとその瞬間に笑顔になる円……ちょろいな。
僕は夕方に会長と食事してまだそんなに経っていないけど、さっきも言った様に緊張してあまり食べられなかったのでので、もう小腹が空いていた。
なので円と同じようにピザを一切れ頬張った。
パリパリとした食感のクリスピーの生地、トロトロのチーズが口の中に広がる。
「「美味しい~~」」
同時にそう言うとお互い顔を見合せ笑った。色々と美味しい店、高い店にも連れていって貰ったけど、やはりジャンクフードを食べる時の円の表情が一番いい。
そして僕も現役だったらまず食べないであろうこの味を、円と一緒に堪能する。
「僕のいない時はこんなのばかり食べてるんだろ」
「うーーん、最近はねえ、そうでもない」
「本当に?」
「ふんふん」
二切れ目のピザを半分口に入れつつ僕を見ながら顔を上下させる……ってか、可愛すぎか!
「そ、それへね、はのへ、ほうね、ひっそに」
「いや、なに言ってるのかわかんないから」
言われた円は慌ててパクパクとピザを食べ、グビグビとコーラを飲んで流し込む。
これが、あの白浜円なんだろうか? 思わず目を疑ってしまう。
少女のように可愛く、しかし時折男気溢れる言葉を放ち、セクシー女優のように大胆な事をする。
出会った時、テレビで見ていた時の円とは大違いだった。
これが本来の彼女の姿なんだろうか?
でも、それは別に嫌でもなく、寧ろテレビの円よりも断然魅力的に思えてしまう。
時々僕を困らせる様な事をしなければ……なんだけど。
「でね、翔君あのね、今夜は私の事が心配でここにいるんだよね?」
「うん、まあ、夜に突然なにかあったら困るし」
もしも、身体に異変でもあったら……倒れでもしたら、独り暮らしの円は誰にも助けて貰えない。
いつも助けて貰ってばかりの僕なのだから、これくらいしないとバチが当たる。
でも、そんな考えを吹っ飛ばす、円の大胆な言葉に僕は思わず硬直してしまった。
「じゃあじゃあ一緒に寝ないと意味無いね?」
3切れ目をあーーんと口に入れつつ、円は満面の笑みで僕に向かってそういう言った。
話をさっさと進めるべきか、円との(イチャイチャ)距離を詰めるべきか、悩んだ挙げ句こうなりました(笑)
もうしばらくお付き合いくださいませm(_ _)m