橋元と僕
会長からのコーチの誘いを僕は断った。
あの事故の日、僕は勝手な行動をした。
黙ってホテルを抜け出し、そして事故に遭う。
後に言われた、あの日の朝、僕がいないと知った皆は総出で探してくれたそうだ。
僕はスマホも何も持っていなかった為に学校にもどこにも連絡は入らず。
最終的に警察に問い合わせた所、事故にあった事が発覚。
会長も……僕を必死に探すため街中を走り回った為に、当日の記録は散々だったそうだ……。
そして、その責任を取りコーチはその年、1年足らずでうちの学校を後にした。
僕は勝手な行動をして皆の期待を裏切ってしまった。
多くの人に迷惑をかけてしまった。
だから……そう簡単には行かない……僕の事を嫌っている人は多い……から。
それにしても……もうテレビでも見ない様にしていたのに、忘れようとしていたのに、あのスターターの『セット』の声を聞いた瞬間、身体が震えた……ピストルの音を聞いた瞬間心が踊った……。
動かない膝がピクリと反応した……全身の筋肉が震えた。2年以上も走っていないのに……。
懐かしい匂い、懐かしい掛け声……。
いくら忘れようとしても……忘れようとすればするほど忘れられない……まるで初恋の人のように……あの人の様に……。
戻れるなら戻りたい……あのひりつくようなスタート前の緊張、セットの後の一瞬の静寂、号砲がなり一斉に飛び出す、横に見えるライバルが全て見えなくなった時の爽快感……。
走りたい、またあのトラックで、全力で走りたい……。
でも……それはもう出来ない……。
悔しかった……会長を見て……会長の走る姿を見せられて、僕はとにかく……悔しかった……。
◈◈◈
とぼとぼと競技場から校門に向かって歩いていると、野球場が見えて来る。
「おーーい、帰宅部、珍しいなどうした?」
外野の金網越しから先輩のバッティング練習の玉拾いをしていた橋元が僕に手を振り声をかける。
「いや、ちょっとね」
「なんだよ? そんな苦虫を潰した様な顔して」
チラチラとホーム方向を見ながら僕にそう言ってくる。
本当……こいつって……。
いつも僕が困っている時、弱っている時、必ず声をかけてくる。
僕に何かあるとこうやって……いつも声を掛けてくれる……。
「……いや、会長に、袴田先輩に呼ばれてた……」
「へーー陸上部復帰か?」
「冗談はよしてくれ」
その時『キーーン』という金属音と共に、打球がこっちに向かって飛んでくる。
橋元はその打球を軽やかに追いかけ、難なくキャッチすると、レーザービーム宜しく、ホーム方向に投げ返す。
そしてまた僕の方に近付いて来ると、笑顔で言った。
「走りのプロから見てどうだ?」
「え?」
「俺の走りだよ」
「──いや……わかんないよ、そもそも僕は……プロじゃないし」
「……いや、お前に聞きたい奴は一杯いると思うぞ……仮にも日本一になったんだから」
「……過去の話だよ」
「過去にするかはお前次第だろ?」
「……僕……次第……」
「野球部もさ、ああやって打ってばかりでさ……走るって基本を疎かにしてる……これじゃ上は狙えないよな、てか……そうか……袴田先輩に先を越されたか」
「……先をって?」
何の意味かわからず僕は橋元に聞き返すと……。
「おーーい、橋元、監督が投げろってさ」
ベンチ方向から橋元を呼ぶ声が聞こえる。
「ういーーっす、じゃあな」
そう言うと僕にウインクをして橋元は全力疾走でベンチに向かって走って行く。
「──汚ない走り方だなぁ……」
その橋元の走りを見て……僕は小さな声でそう呟いた。
◈◈◈
僕はあの事故の後、意外にも早く学校に復帰出来た。
足以外はそれほどダメージを受けていなかったから……。
でも、もっとも大きなダメージは足では無かった。
それは……周囲の目だった。
皆の期待を裏切り、走れなくなり、勝手な行動をした僕は周囲から冷たい視線で見られる様になっていた。
犬を助けた……って事は学校の誰にも言ってない。
白浜 円との件については一切を言っては行けないと言われていた。
でも、それが無くても……多分僕はその事を誰にも言わなかったと思う……あの事は……誰にも言いたくなかった。
しかし僕はそのせいで走れなくなり、陸上部を退部する事になる。
それに伴い僕は体育科から普通科への転科となった。
スポーツ推薦で入った僕の学力は低いと言わざるを得ない。
普通科は体育科と違い単位の数が段違いに増える。
クラブ活動自体が単位となる為だ。
ちなみに体育科と言ってもクラスは別に一緒だ。
高校での基本的な授業は一緒、選択授業や特別授業、出席日数等に差があるだけ。
なので、全く違う授業を受けていないわけでは無かった。
だから勿論勉強もある程度はしていた。
でも、やはり試験の点数(赤点)にも差があり、追試等の救済措置も異なり、進学条件にも……大きな差があった。
あの時の僕では進学どころか、進級も危うい状況に追い詰められるのはわかっていた。
でも……僕は頑張ろうなんてこれっぽっちも思っていなかった。
そんな気力なんて全く無かった。
僕は……諦めていた……転科せずに……学校を辞めようって思っていた。
ここに居ても、この学校にはもう、僕の居場所無いからって……。
でも……橋元はそんな僕に言った。
「逃げんな」
「え?」
「スポーツ推薦で入ったからって、それで大怪我をして……退学していくって、そんなの駄目だ」
落ち込む僕に、すべてを諦めていた僕に、彼は真っ赤な顔でそう言った。
「で、でも……」
「俺だっていつ怪我をするかわからない、皆そうだ……でも、そんな辞めれば良いとか、他に行けば良いとか、そんなの……駄目だ!」
「橋元……」
「自分の為にも、皆の為にも……俺の為にも、辞めんな、諦めんな」
「でも……僕は……皆に……迷惑かけて……嫌われて」
「大丈夫だよ、お前の事……わかってる奴はいる、よく見ろ必ず味方はいるんだ、俺はお前の味方だ!」
後で聞いた話だと、僕の処分が検討されていたそうだ。
勝手な行動、規律違反……でも橋元を中心に何人かで僕の処分撤回を申し入れてくれたそうだ。
「……うん……わかった……やるだけ……やってみるよ……」
「頑張れ!」
「ありがとう……」
こうして僕は……この学校残る決心をした。
◈◈◈
学校から僕の自宅迄は歩いて15分くらいの所にある。昔の僕なら走って数分……でも今は倍の30分近くかかる。
そして学校と家の丁度中間辺りに、この辺では一番高いマンションが建設中だった。
「出来たんだ……」
完成間近だったマンションは、遂に完成したようで、エントランスには引っ越し業者の車が何台か停まっていた。
高いというのは階数と値段の両方……そして庶民には手が届かないであろう高級そうなマンション、僕は立ち止まり引っ越しの様子をなんとなく眺めていると、唐突に後ろから声をかけられた。
「……み、宮園くん……」
その声に振り向くとそこには、サングラスに帽子、マスクにパーカー姿の怪しい人が立っていた。
「えっと……誰?」
今の声……まさか……でも……僕がそう聞くと、その人物はそっとサングラスとマスクを外した。
その怪しい人物は……コンビニの袋を手に持ち、今にも泣きそうな表情で僕を見つめて……立ち尽くしているのは……間違いなく、白浜 円その人だった。
遂に円登場、ここから始まります。
ジャンル別2位まで行きました、ありがとうございます。
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