僕が指導する?
会長の額からは汗が吹き出し、首筋からうっすら湯気がたっていた。
その様子から、全力で走ったのだろうって事が伝わって来る。
「……どう?」
「どうって……」
そんな事を僕に聞かれても……僕には答える権利は無い。
「言って!」
「え?」
「言いなさい!」
会長の大きな声に、練習を再開していた他の人達の動きが止まり、一斉にこっちを見ている。
しかし会長はそれらを全く気にする事なく僕を睨み付け言った。
「貴方には言う義務がある、いいから言いなさい!」
「義務……って……僕は……」
「逃げるな!」
「くっ…………」
何で会長はこんな事を……二度と走れない僕に……。
そう考えたら何か腹が立ってくる……確かに責任の一つは僕にあるのだけど……。
この施設、この競技場は、僕が入学する為に作られた……と言っても過言ではなかった。
僕の入学と当時の有名コーチがこの学校に入る事になり、学校側は陸上競技場の全面改修を行っていた。
「言いなさい!」
「一歩目……」
暫く会長を見つめるが会長は折れそうも無い……。
僕は一度ため息をつき、仕方なく口を開いた。
「一歩目?」
「一歩目が遠い……だから会長は……躓くんです」
「躓いてなんていないわ」
「いえ、その証拠に三歩目が極端に短い、バランスを崩している証拠です」
会長は自分の足元を見てハッとした表情に変わる。
「それと……最初から最後まで全力を出そうとしてます」
「……ふ、それの何が悪いの?」
全力を出して何が悪いと言わんばかりの表情……そう、会長は当時から才能だけで走っていた。
アメリカ人の母を持つ彼女……多分僕達とは生まれ持った物が違うのだろう。
だから過信する。そして誰の言う事も聞かない……当時から、ただ闇雲に走ってばかりいた。
でもこの競技は……そんなに甘い物じゃない……。
「無酸素運動状態で出せる全力って……8秒程度、会長はそれを最初に全部使いきってます」
「8秒……」
「そこで躓いている……だから伸びない……音に対する反応も遅いです……耳で聞いてから反応している……」
「それは当たり前じゃ」
「トップの選手は身体で聞いてるんです」
「は? 身体で聞けるわけないでしょ?」
「いえ、正確には……耳で聞いた瞬間身体が反応している……脳で判断していない……」
「…………それだけ?」
「……会長の走りはそもそもが間違ってます……スタートを強く決め、低い姿勢から全力で加速……でもそれに対する筋力が圧倒的に足りない、ブロッククリアランスも悪い……反応、ブロッククリアランス、加速……それをスムーズに行うのが基本で王道……100は70%がそこで決まります……でも会長はそのどれもが出来てない……だから……タイムが殆んど伸びてないんです」
「…………はは、あははははは!」
僕がそう言い放つと会長は高らかに笑った。
「ふふふ、貴方は天才じゃなかったのね」
「天才って……」
スポーツ選手に天才はいない、ある程度才能ある物が努力して成り立つ。
そして上に行けば、その程度の才能を持つ物はごまんといる……だからひたすら練習する……コンマ1秒を削り出す様に……って……僕は……そう思っている。
「そう……だから貴方の走りは……あれ程…………だった……のか……」
会長は下を向き小さな声で何か呟いた。そして顔を上げ僕に向かって言った。
「貴方、いえ、宮園 翔、貴方は陸上部の……短距離チームのコーチをやりなさい!」
強い口調で、そして厳しい表情で彼女は僕に向かってそう言った。
「……はあ!? いや、無理でしょ?」
「なぜ?」
「だって……1年の走れない僕が……それに……」
僕は会長から目線を外すと、正反対にいる陸上部3年生を見る。
悪意のある目線をこっちに送りながらこそこそと話している姿が目に入った。
僕の目線に気が付いた会長は同じ場所を見る。
「……そうね、まだ少し早かったようね……」
「……」
「でも……大丈夫……私が守るから」
「──いや……そんな流行りの言葉を吐かれても」
実はこう見えてオタク? てか髪の色から性格から、そっちじゃないでしょ?
「と、とと、とにかく、考えておいて頂戴……貴方にはそれをする責任があるのだから」
「…………」
僕は答えなかった……答えない事で固辞した。
会長はそれだけ言うと、またトラックに戻って行く。
でも僕はそんな会長の姿を見て、さっきの言葉を聞いて、少しだけ気持ちが軽くなった。
あれだけ迷惑をかけた……だから僕はずっと嫌われているって思ってたから……。
僕は少しだけ、ほんの少しだけその場に残り、競技場の風を……あの懐かしい風を久々に感じていた。
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