逃避行
「そんな、い、いつから……」
僕を引き止める為に言っているわけではない。
それだけはわかる。
彼女は照れくさそうな顔で、しかし真剣な目で、真っ直ぐに僕を見つめる。
そしてこれが僕にとって、これが人生初の逆告白だった。
「うーーん、1年前くらいかなあ?」
「1年前って……」
出会った時でもなければ、再会した時でもない。
じゃあ、いつ? いやもうそんな事どうでもいいのに、何故か気になってしまう。
「だから……まあ、好きな人と一緒に死んじゃうってのも……幸せなのかなって」
「そ、そんな……」
「貴方の……それが翔くんの決めた事なら、それが貴方のやりたい事なら……私は貴方についていくだけ……翔君がしたいって事を手伝うのが、私のやりたい事だから」
彼女はそう言って笑った。
そしてその姿が、まるでタナトスの神様みたいに僕の目に写った……
死の神タナトス、冥王ハーデスに魂を捧げ冥界の住人とする。
ただし、英雄の魂はヘルメースが捧げ、タナトスは凡人の魂を捧げるという。
ははは、そう、今の僕は凡人以下……タナトスの神が冥界に運ぶにはぴったりな素材だ。
「……でね、あ、あのさ……どうせ死んじゃうならさ、一つだけ、私のお願い聞いてくれないかな?」
「お願い?」
「そ、子供の頃からずっと夢見てた事があるの」
「夢って、僕にそんな事出来るわけない」
今の僕にそんな事出来る筈が無い。
「ううん、貴方じゃなきゃ出来ないの」
「僕じゃなきゃって、一体どんな……」
「──あ、あのね……一度でいいから目一杯お洒落して、好きな人と旅行したかったの……」
「旅行?」
「そ、私の両親って超の付く有名人だから、旅行とかって行けなくて、ああ、でもママは昔パフォーマンスでお正月ハワイに行ってたけどね、彼氏に見せかけた付き人とね。ただ、まだ小さい私を連れて行くと、なんか庶民臭いだの、所帯じみてるだの言って連れて行って貰えなかったんだ。酷いよね」
「──まあ、あのお母さんじゃあ」
あの入院している時に見たけど、本当にthe女優って感じの人だった。
大きめの帽子に、ブランド物の服、濃い化粧だけどケバさは感じない、何かの役に入っている様な態度……病室では帽子くらい取れって思ったけど、そんな事一切言わせないオーラ、とにかく凄い人だった。
「好きな人との逃避行、最後の旅……素敵な終わりかた」
彼女は遠くを見る様に、目を輝かせ夢見る乙女の様にそう言った。
そして、それを聞いて僕は思わず心の中で苦笑する。
素敵な死なんて存在しないって……。
旅行なんて、行きたくない……そんな余裕なんて今の僕にある筈も無い。
でも、でもそう思った時、彼女の頬が目に入った。
妹に叩かれても叩かれても一切抵抗しなかった彼女の姿が甦る。
僕を追いかける為に死にもの狂いで仕事をして、勉強をして……そして、1ヶ月ずっと僕に勉強を教えてくれて、一生懸命尽くしてくれた彼女。
そんな彼女の最後の願いくらい聞いてもいいのでは、いや、聞かなきゃいけないって僕はそう思った。
だって、彼女は何も悪くない、なのに僕の為にこんな目に合わせてしまって、しかも本気ではないだろうけど、一緒にって……そこまで言ってくれた円。
ずっと妹や夏樹に頼って来た、だから最後くらい、誰かの為に何かしてもいい、いや、しなくちゃいけないって、僕は……そう思った。
「わかった、行くよ」
「ほ! 本当に!」
なんでこんなに嬉しそうなんだろう、だって僕の目的は……死ぬ事なのに。
やっぱり彼女は本気じゃない……僕はそう確信した。
「じゃあ! 今すぐ行きましょう!」
「……え?」
「今から行こうって言ったの!」
彼女はそういうとスマホを取り出し検索をかける。
「行くって……どこに?」
「あ、そっか、行き先を決めないと、あははは」
あっけらかんと笑う彼女……でも、最後の旅にこんな綺麗で、こんなに可愛い子と行けるのは悪くないかもって、僕はそう思った。
どうせ最後は地獄に落ちるのだから、一時の天国を味わうのも悪くない。
「どこにしよっかなあ、うーーん、逃避行って言ったら北だよねえ」
安直な考え……。
「ここは最初に出会った仙台って選択をするべきなんだろうけど、二人にとって嫌な思い出だし、安直だしねえ、やっぱりここは最果ての地ってのが最高の選択だよね」
「……いや、だよねと言われても」
どこに行っても多分迷惑なだけだ。
彼女何かを調べそして立ち上がる。
「じゃあ行こっか」
「ほ、本当に今から?」
「うん! とりあえず着替えて、そろそろ乾燥も終わった頃だし」
「で、でも着替えとか」
「ふふふ、大丈夫、どうせ最後なんだし、パーっと行こう!」
そう言って円は高級そうな財布からブラックカードを取り出し、それを掲げニヤリと笑った。
一体彼女はどこまで本気なんだろうか?
とにかく僕達は旅に出る。
人生を終わらす旅に……それは短い人生を振り返り、そして僕の死に場所を探す……旅になる……筈……。