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僕は見捨てられた


「最低? どうして貴方が最低になるの?」


 本当は言いたくなかった。でも、もうこれ以上隠す事はしたくないと、僕は彼女に自分の最低な考えを話す事にした。


「ぼ、僕は……君を叩く妹を止めれなかった……ううん、違う、止めなかったんだ……妹が、怖くて……」


「──怖い? 妹さんが?」


「違う……妹を止める事で……君を庇う事で……妹から見捨てられるのが……僕は怖かったんだ……」


「見捨てられる……」


「僕は一人じゃ生きていけない……妹の手助けが無ければ生活さえままならない……だから、だから僕は……」

 情けない、本当に自分が情けない……情けなくて情けなくて涙がポロポロと溢れ出す。


「……でも、それだって、私が……私が悪いわけで……」


「もう良いよ……全て終わったんだから」


「終わった?」


「妹が僕に面倒見てあげたのにって……そう言ったんだ……仕方なく、かわいそうだから……って、今まで……ずっと、そう思っていたんだ」

 妹がそう思っているって……心のどこかではわかっていたのかも知れない。でも、僕はわからない振りをしていた。身内だから大丈夫だって、妹だから大丈夫だって、そう思って……ずっと甘えていた。


「そ、それは……」


「もう……妹は僕を……ははは」

 僕は最後の力を振り絞り精一杯笑って見せた、これで彼女ともにお別れだから……。


「……」

 笑う僕を彼女は真剣な顔で見つめる……ああ、やっぱり彼女は綺麗だ……僕は赤く腫れている彼女の頬をそっと撫でる。

 ごめんってそう思いながら、ここまでしてくれたのに、僕は君よりも妹を信用していた……大事に思っていた。


「と、とりあえず落ち着こう、大丈夫だから、ね? ほらお風呂入って来て、服も貴方の服も用意してあるから」

 ここまでされて、ここまでしてくれて、彼女は僕をここまで甘やかしてくれるのに、でも僕はいまだに彼女を信用していない……いつかは僕の元からいなくなるって、あの時と同じで、手の届かない人になってしまうって……そう思ってしまう。


「入るから……だから、お願いだから、その頬っぺを冷やして……君の、円の顔に傷でも残ったら……痕でも残ったら……」

 いたたまれない……その美しい顔に痕なんて付いたら……。


「うん、今着替えて冷やすから、だから、ね?」


「……」

 僕は円に支えられ浴室に向かう。 

 そして洗面所兼脱衣場に入る。


「何かあったら呼んでね」

 さっきの事を気にする事なく円は僕に笑いながらそう言って脱衣場を後にした。

 その笑顔を見る度にさっき妹を止めなかった自分がどんどん嫌になる。


 全く入る気になんてならない……でも円と約束をしたから、ちゃんと冷やすって……だから僕はのそのそと服を脱ぎ、浴室に入った。


 初めて入る浴室、でもこのマンションはバリアフリーが完璧で、床はフラット、至る所に手すりがあり、この家にいると皮肉な事に殆んど杖も介助も必要ない。


 僕はゆっくりと手摺に掴まり湯船に浸かる。

 暖かいお湯がゆっくりと僕を包んで行く。

 でも身体は温まっても、心が一向に温まらない

 妹にも、円にも……僕は酷い事をしてしまった。


 だけど……妹もって……そう思い、僕は悲しい気持ちになる。

 結局皆、昔の僕しか見ていない……。


『返せ、返せよ! お兄ちゃんの足を、将来を、未来を! あんたのせいだ、あんたのせいでお兄ちゃんは、お兄ちゃんは……こんなになったんだ!』


 妹のセリフが頭の中でぐるぐると渦を巻く。

 結局、妹も昔の僕しか見ていなかった。そして、今の僕を……可哀想と……。

 そう……僕は可哀想な奴なんだ……。


「ふ、ふふ、く、ふ」

 ポロポロと涙が溢れ落ちる。

 涙はポタポタと水面に落ち波紋を描く。


 そして、暫く泣いていると、ピタリと涙が止まる。

 それと同時に、何かが壊れた音が頭の中から聞こえた。


「もう……どうでもいい、もう……何もかも……」

 

 僕は浴槽の中で、左足を抱き膝に顔を埋め、そうポツリと呟いていた。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 昔の自分しか見てもらえず、今の自分が否定されたように感じるのはわかります。 だからこそ、今の自分が輝いているところを周りに見せてあげて!
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