「良かった」の意味
食事を終え僕はそのまま会長にタクシーで家まで送って貰う。
帰り際モジモジしながら会長は「またメッセージ送っていい?」と、言ってきた。とりあえずもう完全にツンデレキャラが崩壊してしまった会長。
今一気乗りはしなかったが、断るのも角が立つと僕は、「中間試験も近いから返事が遅くなったりするかも」と、言ったが会長はそれを肯定と受け取り嬉しそうな顔でタクシーの窓から手を振った。
でもわかっている……会長は、いや違う、皆は僕の過去を、走っていた頃の僕を見ているって事を。
走れなくなった僕に、今の存在理由は……無い。
僕は勉強も運動も出来ない、そして人に頼らないと生きていけない……。
でも……もしかしたら高等部では何か変わるって、そう思っていた。
でも1ヶ月が経つが、中等部から僕の現状は何も変わっていない。
新しい夢? はん、日々の生活で一杯になっている僕に夢なんて出来るわけが無い。
どんどん落ち込んで行く、そんな鬱々とした自分に辟易している。
僕は会長の乗ったタクシーが見えなくなるまでその場で見送った。
そして、妹には心配を掛けたく無いと、一度首を振り気持ちを切り替え家に入る。
「あ、お兄ちゃんお帰り! デートどうだった?」
……本当にいつも僕の帰りがわかっているかの様に玄関にいる妹、なんだろうギャルゲーでいつも決まった場所にいるキャラかなんかなのか?
一瞬僕のスマホで位置を確認しているかと思ったが、だとすると白浜さんのマンションに行ってる事がバレているって事になるが、妹はそんな素振りも見せない。
って言うか今はそれよりも妹の言った言葉の方が問題だ。
「……は? で、デート?」
「ごめんね、今ちょっと覗いちゃった、凄い美少女、しかも金髪! あれってお兄ちゃんの彼女?」
「は? いやいや、そんなわけ無いだろ? あれはうちの学校の会長で、今日ちょっと呼び出されただけで」
「あ、ああ、そうなんだ~~良かった~~」
「良かった?」
妹が安堵した顔でそう言った……って、え? これってまさか、妹が俺の事を…………なんて、アニメや、ラノベじゃあるまいし。
「お兄ちゃんはなっちゃんと結婚するんだもんね?」
「……はい?」
「えーーだって、いつも結婚しようねって言ってたじゃん!」
「それは天にも言ってたじゃん!」
「え?! お兄ちゃん私と結婚したいの?! シスコン?」
「ちゃうわ!」
「とにかくお兄ちゃんは、なっちゃんと結婚するのが一番なんだからね?!」
僕に向かって人差し指を向ける妹、人を指差しちゃいけませんって教わっただろ?
「そんな事言われたって……」
そもそも夏樹に恋愛感情なんて抱けないし、向こうだってそうだろうし……って、何を僕は真剣に考えてるんだ? あるわけ無いだろそんな事……そもそも今の僕じゃ……今の……僕の事を好きになる人なんて、いるわけが無いんだから。
「……お兄ちゃん?」
「いや、何でも無いよ」
僕は精一杯の笑顔を作って見せた。
今は妹に余計な心配は掛けたく無い。
「そう? なんか様子が」
「大丈夫、久しぶりの人混みで少し疲れただけ、風呂に入って寝るわ」
「そう? あ、お兄ちゃん! 一緒に入る?!」
「は? 入らねえよ!」
「何よお、人が折角サービスして上げようって思ってるのに」
「妹の裸なんてサービスにならない、良いから勉強しろ」
「はーーい、ちぇ」
冗談なんだか本気なんだかわからない態度の妹はそう言うと、トントンと音を鳴らしながら軽やかに階段を上り自分の部屋に戻って行った。
僕はそんな妹の言葉を聞いて、また鬱々とした気分になる。
さっき妹は『良かった』と言っていたが、それは夏樹がいるのにという意味ではない。
あんな美人、所詮僕なんかでは相手にされないのに、僕が好きになってしまったのではないか? だとしたら可哀想だという意味だって……妹はそう言っているのだ。
わかっている……言われなくともわかっている。
そう今の僕では、会長……袴田 岬も、白浜 円も、川本夏樹だって、高嶺の花だって、そう思っている。