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一体何が


 何故この人は泣いているのか?

 円に何かあったのか?


 唯一の言葉は彼女が元気だという事。

 それは多分信じられる。

 

 そして、その意味は俺に会いたくないと言う事。

 だとすると、彼女のこの涙の意味は?


「先生、円さんが元気って、つまり自分から翔君の事避けているって事ですよね?」

 会長も俺と同じ考えに至り冷静にそう聞いた。


「……言えない」

 いつもの強気とは一転まるで乙女の様な仕草で首を振るキサラ先生。


「生徒に暴力迄振ってそれは無いんじゃ無いですか?!」

 夕暮れの競技場、他の生徒はいない。

 俺を含めた5人の影がトラックを超え芝生迄延びている。


「……女の子3人はべらかして、へらへらしながら帰って来るのを見たら思わず手が出てしまったわ、ごめんなさい」

 その全く謝る気持ちの無い言い方と謝罪に思わず怒りが込み上げる。

 別に、はべらかしているつもりは無い。


「あ、あんた、何言ってるの! それが謝罪だとでも」

 更に責任を追及しようとする灯ちゃんを俺は手で制止した。


「……円は本当に元気何ですよね?」

 怒りを抑えて冷静にそう聞き返した。


「そうね、さすがに気になるの?」


「当たり前だ……」


「……」

 その強い口調の言葉に眉をピクリとさせ黙って俺を見つめている。


 言いたい事はわかっている。

 現状俺が円と会うには条件がある。

 彼女は間接的にそんな事を、女子と出かけている場合か? と言っているのだ。


 しかし、事は簡単では無い。


 俺がこれからやろうとしているのは、走りを一から変えるという事。

 それがどれ程無謀なのか恐らくキサラ先生はわかっていない。


 人間の身体というのはよく出来ている。

 一度覚えた事は中々忘れないのだ。


 例えば野球の投手が怪我をして1年間投げなかったとする。

 プロでも1年以上休めば筋力、球速共に高校生以下になってしまうだろう。


 しかし一度覚えた事は身体に刻まれている。

 リハビリにより元の状態に近付けられるのだ。

 それは高校生がプロレベルに上げるよりも遥かに早い。


 練習により脳や筋肉に刻まれた様々な要素がそうさせている。


 それは俺も一緒だ。

 小学生の頃からずっと練習してきた。

 毎日毎日繰り返し身体に刻み込んで来た。


 事故により怪我をし数年間走れなくなっていたが、ここまで回復出来たのはそのおかげなのだ。


 怪我をする前に身体に刻み込み、怪我をしてからも頭に刻み込んだ。

 それをあのコーチは全部捨てろと言っているのに近い。


 この人はその事を何もわかっていない。

 円の事は気になる、しかし俺の中から怒りに似た感情がわき出てくる。


「俺が円を遠ざけたわけじゃない、彼女は自分から海外に行った……それだけです」


 円に対しても、キサラ先生に対しても、いや全ての人間に対してイライラとした感情が芽生えてくる。


 俺はそう言うとそのまま振り返り部室に入った。


 そして素早くトレーニングウエアに着替えると、残りのメニューの準備を始めた。


 走れば全て忘れる……忘れられる。


 今の俺にはこれしかないのだ。



 そんな俺を4人は黙って見続けていた。

 



 

 俺は練習を終え家に帰る。


 俺の練習姿に何かを感じたのか、キサラ先生はそれ以上何も言って来なかった。


 部屋に入るなりベッドに飛び込む様に寝転び、そのまま天井を見上げ今日の事を反芻する。


 円に何かはあったのだろう。


 勿論円の事は心配だが、彼女は自ら姿を消したのだ。


 俺が頼んだわけじゃない、その理由をは世界選手権に出れば良いだけ。


 残された時間は僅か、出場するには7月の日本選手権迄に記録を出す事。


 しかし、未だに結論が出ない。

 走りを変えるべきか変えざるべきか。



「お兄ちゃん」

 俺が考え込んでいるといつの間に部屋に入ったのか、天と夏樹が真剣な顔で立っていた。


「おおお?! な、なんだ急に」


「何度もノックしたよ、お兄ちゃん……」


「そ、そうか、ちょっと考え事をな」


「ふふふ、あの自信家のかー君はどこら言っちゃったのかねえ」

 夏樹は俺の姿を見て天の後ろでクスクスと笑った。


「ちょ、なっちゃん?」

 何か計画と違うという様な暗い態度の天をよそ目にケラケラと笑いながら俺に近付く夏樹。


「夏樹……」

 イライラしている俺は夏樹を睨み付ける。


「かー君さあ何びびってんの? 相手がアメリカ帰りだからって、言い負けてどうするの?」

 そんな俺に構う事なく夏樹は笑いながら話を続ける。


「だけど、あそこまでデータを見せられちゃ何も言えないだろ」


「はあん、かー君ってばバッカじゃない?」

 今度ははあざけ笑いながら俺にそう言った。


「……は?」


「データが何よ? それを言ったら復帰出来る確率なんて0%に近かったんじゃなんいの? 今走れている事実がデータ以外の何者でも無いよね? そもそもかー君ってそんなにデータ重視してないでしょ?」


「いや、俺って結構理論派だと」


「屁理屈理論だよね」


「な! お、おい!」


「屁理屈理論で根性論信者の癖に」


「夏樹だってそうだろ」


「だって私~~天才だもん」


「っく……」

 本当の事だけに二の句が継げない。


「お兄ちゃんは誰の為に走ってるの? 何の為に走ってるの?」

 俺が黙ってしまうと今度は妹が俺にそう話しかける。


「……」


「円の為? それともなっちゃんに勝つ為」


「……」


「自分の為でしょ? 好きな事をする為でしょ? だったら好きにやりなよ、今までだって誰に何を言われても貫いて来たじゃん!」


「……」


「いい? かー君私の目を見て」

 夏樹は俺に顔を近付けじっと見つめる。


「かー君はこれから日本中の注目を浴びるの、日本一早いランナーとして初めて世界で戦えるって、そして世界選手権に出場、予選をトップで勝ち上がり決勝に進む。

 5コース名前を呼ばれ大勢がかー君を声援する。

 そしてスタート位置に着くと静まり返る5万人の観客、号砲で飛び出すかー君、名だたる世界のランナーを置き去りにする。そのまま逃げ切りトップでテープを切るの、沸き上がる観客、日本中、ううん世界中の人々がテレビでかー君に釘付けになる」

 

 夏樹のその言葉はまるで催眠術の、いや魔法の様にその光景を頭に映し出させてくれた。

 夢物語の光景が現実の様に感じ取られた。


 あくまでも想像だ、しかし想像出来なければ実現出来ない。

 俺は感じられた、対戦相手の緊張、観客の熱気、競技場の空気、その全てが現実の様に。


「…………うん、だな」

 俺のこの二人の言葉に俺の中で何かが弾ける音がした。

 全てのランナーを置き去りにする。


 俺の走りで……。


暫く休みました。

ちょっと色々あって大変ですが最後まで書きますので宜しくお願いします。

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