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円の失踪から二週間が経った。
マスコミの取材も落ち着き、ネットによる憶測も沈静化し、ようやく日常を取り戻し始めた。
「円の退学が受理されたわ」
朝練にてグラウンドの部室前で神妙な面持ちのキサラ先生からそう伝えられる。
「そうですか」
予想していた事なので驚きはしなかった。
「うん……相変わらず円の消息はわからない、退学届けが本人の意思によるものかどうかわからないと言ったけど、現状連絡が取れない以上受理せざるを得ないって結論に達したわ」
職員会議で学校側と対立していたキサラ先生、しかし現状なんのメリットも無い学校側は円を切る判断をした。
「ですよ、ね……」
先生は一生懸命頑張ってくれたのだろうけど、俺にはわかっていた。
恐らく円はもう学校には帰ってこない……。
「後、今日の放課後貴方に会いたいと学校側へ正式にオファーがあったわ」
「会いたいって、取材ですか?」
現状取材は全て断っている。
「いえ、アメリカのスポーツコンサルタントらしいんだけど」
「あーーそうですか……わかりました」
あのネットでの動画騒動以来、そういった話し方が相次いでいた。
恐らく留学やスポンサーの話だと思う。
こういった話は珍しくない、小学生の時でさえもシューズやユニフォームの提供等の話は普通に来ていた。
ただ正式な大会に出たわけではなく、記録もあくまで参考程度の記録なので学校に直接オファーまでし、代理人が来るような大手は非常に珍しい。
恐らく前調査としてコンサルタント会社に依頼しているのだと思う。
まあ、現状高校生なのでスポーツ用品の提供等だろうが、練習環境や器材の提供等をしてくれるのでメリットは高い。
俺はいつも通り朝練を開始しつつ、そんな想像をしていた。
そして放課後……会議室に行くと。
「ハーーイ、お久しぶりどす」
「どす……」
久しぶりという程時間は経っていない、俺の目の前には、スーツ姿の美少女が微笑みながら怪しげな日本語でそう挨拶してきた。
「せしりーまくみらんどす」
「いや、知ってる……ってあんた大使の娘でルイス・テイラーの通訳なんじゃないのか?!」
「そう、そしてその真の姿は米国スポーツコンサルタントなのです!」
流暢な日本語でそう言いながら、右手でピースを作り自分の目の上にかざしポーズを決める。
「一体何なんだ?」
「まあまあ、今日は真剣な話で来たのでとりあえず座ってください……どす」
俺は一瞬脱力しほんの少し後悔しつつ会議室の椅子に腰掛ける。
セシリーも俺の前に座った。
「どすって、あんた高校生じゃなかったか?」
「影の高校生どす」
「影って」
「まあ、母親が、あ、マミーが大使なので色々やらせて貰っておりますです」
「言い換え……いやそうか、そう言えばイギリス駐日大使だったな」
「そうですが? それが何か?」
「だったら、イギリスで日本人の消息とかって調べるられるか?」
「まあ、出来なくはないと思いますですが」
俺はそれを聞いて、セシリーに円の事を話した。
藁をも掴むとはこの事だと、すると彼女は少し考え俺にとんでもない提案をしてきた。
「そうですか、では条件を出させて頂きます、ご馳走さま」
「条件?」
もうギャグだかなんだかわからない彼女の言葉は無視する事にした。
「ハイ、今貴方はかなり注目されておりますです、私のクライアントも現状かなりの期待を持っておりますです」
「そうなんだ」
「ハイ、貴方は世界で戦えるトップを狙えるランナーだとそう言われております」
「あ、ありがとうございます?」
「ただ、やはり実績が欲しい、それを証明して欲しい、そこで」
「そこで?」
「来年、日本で開催される世界選手権の決勝で3位以内、表彰台に上がって欲しいです」
「…………は?」
「表彰台デス」
「いやいや無理無理」
確かに俺の最終目標はそこだ。
日本人初の100m決勝、さらには上位に食い込む、ただそれは3年後の目標だ。
しかも一度も転倒しないという条件付き。
「再来年はアメリカでオリンピックが開催されるので来年の世界選手権、トップ数人は怪我等の理由で辞退すると表明しておりますです、100mに復帰したテイラー氏も世界選手権は不出場を表明しておりますデスのでそれ程厳しい条件ではありません、イージーデース」
「いやいや」
「はっきり言って陸上はマイナー競技デース、マラソンならまだしも短距離は広告としては不向きデス、だから貴方にはスターになって貰います」
「す、すたー?!」
「高校生で世界的ランナーならばスターになれまーす」
「……」
「そうなって貰えるなら、私も貴方の願いを叶える努力します」
「……」
俺は黙ってセシリーの話を考えていた。
来年……はっきり言って準備不足だ。
今の走りは誰もやった事が無い、未踏の山を登るのと同じだ。
滑落したら終わりの険しい登山と同じなのだ。
雪山登山の如く俺は一歩一歩確実に歩を進めるべく3年後を目標にしていた。
「私も断腸の思いでマミーに頼み事をするのだから、それぐらいやって貰わなければ割にあいまセーン」
「断腸の思い」
「脱腸の思いデース」
「そりゃ辛いな……」
俺は悩んだ……でも、彼女の言ってる事は一理ある。
ゆっくりと進めている場合か? と、それぐらい追い込まなければいけないのだと。
「わかった……やるよ、いや、やって見せるよ」
「そうこなくっちゃデース、でわ契約の詳細を」
そう言うとセシリーは持っていたバッグから分厚い契約書を取り出した。
英語と日本語で書かれた書類を一つ一つ丁寧に流暢な日本語で俺に説明してくれている。
キャラ忘れてるぞ……。
世界選手権は2年に1回、次は来年秋日本で開催される……。
1年、たった1年余りで俺は世界の檜舞台に立たなければならない。
かなりの難題だ。
でもそうすれば、円と再び……会える。
俺の中で闘志がみなぎっていた。