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それはそれとして


 今は、とりあえず今は、この暖かい感触に浸っていよう。

 俺は円に包まれ、柔らかな感触に浸っていると、円は俺を強く抱きしめた。


 強く……強く……円の腕の力が強く……、って、あれ? ちょっと強くね?


 円の胸に顔を埋め、その柔らかさと甘い香りに天国かと思えた時間はあっけなく過ぎ去る。


 円のある意味とてつもない包容力に、俺は今までも何度か戸惑って来た。

 

 しかし今のこの力強さは包容力を誇示しているわけじゃない。

 そう……、この力強さは……完全に俺の頭を割りに来ている。


「えっと……円さん、あ、あの……痛いんですけど……」

 円の胸は決して大きくは無いが、アスリートとは……特に会長とは違い、それなりに脂肪を蓄えかなりの柔らかさを感じ取れるのだが、それがかえって俺の頭をギリギリと締め付けることになる。


 拳で直接叩かれるのと、ボクシングのグローブで叩かれるのの違いと言えばわかるだろうか?


 柔らかい物で強く押されると、ある意味硬い物で押されるよりも苦しいのだ。


 円の胸と腕がギリギリと万力のように俺の頭を圧迫していく。


「! ま、円さん?!」


「なーーに?」

俺の問いかけに聖母のように優しく返事を返すが、腕の力はどんどん増して行く。


 ある意味ても女性とは思えないその力強さに思わず「ぐ、ぐええ」とカエルの断末魔のような声が漏れ出る。

  

 それでも、そんな俺の声を聞いても、円は力を弱めることは無い。


「あ、あのですね、な、何を……されているんでしょうか?」

 俺は苦しみと痛みに耐えながら、その突然の円のあまりの行動に俺は思わず敬語でそう聞いてしまう。


「えーー? うんとねえ、加圧トレーニング?」


「いや、えっと……あの、加圧は頭にはしないかと……」

 円の胸のおかげで苦しいがまだそこまで痛くはない、だがその苦しさは限界に近い。

 窒息寸前、天国から地獄に、そしてまた再び天国に行きそうになったその時、円の腕の力が弛んだ。


 その瞬間俺の肺に新鮮な空気が入ってくる。

 まるで100mを走った後のような、いや、昔走った400m走の直後のような、酸欠の苦しみから解放された快感が俺を襲う。


 ああ……生きるって素晴らしい。

 

 北海道の時の俺はバカだったなと心の底からそう思わされる。


 円さんありがとう……。


 そう思ったが、今度は円は俺の手首を両手で掴むと、そのまま俺の腕を自らの太ももで俺をソファーに押し倒しながら腕を挟み肘を逆方向に曲げてくる。

 飛び付き腕がらみ? いや、これは腕ひし逆十字固め?


 ちなみに円は制服姿だ、一瞬円の下着がチラリと見えたが直ぐにそんなことは気にならなくなる。

 

 なぜなら、さっきと違い今度は俺の肘に激痛が走ったから。


「い! 痛い、いたたた」


「そっかー痛いか~~」

 嬉しそうに円がそういう。

 ここに来て俺は円が怒っている事に気が付いた。


「いや、円さん痛い、ギブ、ギブ」


「そっかー」


「いや、まじでギブ、ギブアップ!」


「まだまだ頑張れ」

 何を言っても止める気配はない。


「いや、無理! お、折れる! な、何で急に?!」


「えーー? えっとね加圧トレーニング?」


「ち、違う違う、そうじゃない」

 今は加圧されて無い!


「そうなの? じゃあもっと絞めないと」

 円はそう言うと俺の腕を太ももで強く絞めさらに腕に力をかける。

 完全にきめにかかっている。


「ぎ、ぎぎぎ」

 あまりの痛さに声が出ない……一見バカップルがじゃれあっているかのような光景に見えるが、マジて痛いから、めちゃくちゃきまってるから!


「あはははははは」

 そんな俺を見て円は笑った。痛がってる俺を見て笑うなんて、サイコパスかよ?!

 ひょっとして俺はとんでもない人と付き合ってしまったのかもしれない。


「ご、ご、ごめんなさーーい」

 俺は最後の力を振り絞り大声で円に向かってそう言った。

 心の底から……。



「はあ、はあ、お、折れるかと思った……」

 痛みが和らぎようやく落ち着いてくる。

 円は乱れた服と髪を直し俺の目の前で何事も無かったように俺の反対側でコーヒーを飲んでいた。

 俺は恨むように円を見つめゆっくりとソファーに座り直す。


「大丈夫、折れるまでは力は入れてないか」

 

「な、なにが大丈夫かわかんないよ!」


「まあ、さっき置いといた物を回収しただけ」


「ぐふっ」


「あーーんは……駄目だよね?」

 コーヒーカップ越しに俺をジロリと睨む。


「はい、すみません……」

 それにしてもやりすぎじゃないか……とは言えない。

 しかし円は俺の心を読んだかのように、そしてこの先起こる事を見てきたかのように言った。


「まあ、これで済めばやすいものよ」


「え? それってどういう……」


「まあ、考えすぎかもしれないけど……只野さんの表情がね……」


「表情?」


「まるで……浮気がバレたような顔してたから」


「え?」


「ああ、そんなことより、今日翔君が只野さんとカラオケに入って行ったのを見た人がいるんだけど?」


「え?」


「まあ、それも含めてね……今後色々ありそうだなあ」

 円はそう言うと深くため息をつき、冷めたコーヒーをぐいっと飲みほした。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 円さん優しい。固め技だけで赦すなんて やはり絞め技(柔道)をきちんと30秒(1本)決めないと。 [気になる点] 翔くんは円さんをめっちゃ大事にしてるね。 あーんで鼻のした伸ばしたんだよね。…
[良い点] ちょっとコント回でほっこり^^ そのうち主人公、おでこをパチンと叩かれそう。 [気になる点] >「まあ、それも含めてね……今後色々ありそうだなあ」 フラグが追加された^^; [一言] 更…
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