何かを隠してる
「じゃあ、円先に帰ってね」
「う、うん……」
インターハイ予選が終わり次はいよいよ翔君の復帰戦が始まる。
目標は国体出場。
ちなみに国体の予選に出場するには3つの条件がある。
一つは年齢、高校生は少年AとBに別れ主に1年生は少年B、2年と3年生は少年Aの部で出場する事になる。
二つ目は国体に出る意志がある事。
そして3つ目は、参加標準記録に達してる事だ。
大会の選出に関しては各都道府県によって様々なのだそうだ。
各都道府県の国体予選会では少年Aの100mの予選をしない所もある。
この1年間の記録や昨年のインターハイや国体での記録が重視され選抜されるとの事。
なので翔君が国体に出るには指定された記録会等で標準記録を突破するのが最低条件なのだ。
その記録は10秒6
これ以上の記録を出さないと出場資格さえ貰えない。
仮に出したとしても選ばれるとは限らないが翔君の場合日本一という過去の実績があるためチャンスはある。
そして、いよいよその記録会間近。
翔君は先週、遂にスパイクを履いて100mのスタート位置に着いた。
周囲がざわつく中、彼はクラウチングスタートではなくスタンディングスタートで走りはじめる。
スタートはゆっくりとでも彼の走りは力強かった。
しかし、トップスピード間近、遂に全力でと思った矢先、ちょうど真ん中付近、50m程でスピードを落とし止まってしまった。
その後も何度か繰り返すもやはりトラックの真ん中あたりで止まってしまう。
わざとなのか? それともそこまでしか走れないのか?
そして最後までクラウチングスタートで走る事は無かった。
やはりだめなのか? そんな空気をよそに翔君の表情は穏やかだった。
それどころか満足しているようにも感じた。
そんな翔君に私はなにも聞けない。
もしかして諦めているのかもしれない。
国体はよっぽどの記録が出ない限り1年間の記録が重視される。
なのでひょっとして翔君は……今年はリハビリに専念して来年のインターハイにかけているのかも?
そこで私がなにか言って、無茶でもしたらって思うと何も聞けなかった。
しかし、一応私はマネージャー記録会に出ないという話も聞いてない。
登録はすでに終わっている。翔君は100mに出場予定だ。
そして記録会の1週間前、本日は土曜日で学校は休みだが、記録会前とあって陸部は朝から練習だった。
しかし、翔君は私に今日は会長と強化トレーニングをするから先に帰ってと言い残し二人でどこかに出掛ける準備を始めた。
「「本当に練習?」」
大きな荷物を持って競技場を後にする会長と翔君を眺めつつそう呟くと、同じ台詞が重なる。
誰かと後ろを振り向くと灯さんが私と同じように二人を見つめていた。
「灯さんも知らないの?」
「うん……円……さんも?」
そう言われ私は頷く。
私と灯さんは暫く見つめあい、そして二人で頷くといつものようにニコニコしながら練習を見ている顧問のキサラ先生の元に駆け寄った。
「えっと……なんて恰好してるんですか?」
サングラスに白いシャツ、そのシャツの胸ははだけ中から水着だろうブラが見えている。
「え~~? 熱中症対策?」
海に置いてあるよなビーチパラソルと折り畳めるサマーベットに横たわり、氷がたっぷりと入った青いジュースを片手にそう言い放つキサラ先生。
いや、こんな姿は今日に始まった話じゃないけど……日に日に酷くなっている気がする。
一応新任でしょ? 良いのこの学校?
やはり元医学部の強さなのだろうか?
いや、今はそんな場合では無い。
「キサラ……先生、あの二人って」
競技場を後にする二人を見つめながらキサラ先生にそう聞く。
「えーー、 さあねえ? なんか特別練習だって言ってたわよ」
「特別……」
「ベッドの上で練習だったりして」
ケラケラと笑いながら笑えない冗談を言うキサラ先生を私は睨み付ける。
「こわーーい、知らないわよ、どこに行くかなんて」
「い、いいんですか?! そんな勝手な事させても!」
やる気のないキサラ先生に灯ちゃんは激しく食ってかかる。
「あらあら、陸上部部長で生徒会長のお姉さんを信じられないの?」
「翔……、宮園先輩の事に関しては信じられません!」
「何で?」
「先輩との事は共闘しようって事だったけど、インハイ予選の帰りお姉ちゃんがもう共闘はしないって宣言して、それってつまり抜け駆けするって事じゃないですか!」
「ふーーん」
「ふーーんって他人事だと思って!」
「えーーだって他人事だもん、そもそもさあ、あんな軟弱な男の子のどこがいいの? 女の子だったら可愛いけどさあ」
「先輩は軟弱なんかじゃありません!」
「そうなの?」
キサラ先はそう言って私の顔を見る、えーーここで私に振る?
「えっと……まあ……」
うーーん……軟弱かと言われればそうなのよねえ、もっとこうグイグイ来ても良いのに、でもそこが翔君の可愛い所なのよねえ……。
「……円……さん?」
「え? あ、うんなんでも」
いけない、翔君の可愛さで顔が思わずふにゃふにゃしちゃう。
「そんなに気になるなら追っ掛ければよかったじゃない?」
「「……あ!」」
言われて気が付くがもう後の祭りだったの。
二人の姿はもうどこにもない。
振り返ると全てを知ってるのか? あたふたしている私と灯ちゃんを見てキサラはニヤニヤと笑っていた。
ああああ、もう、これもキサラの陰謀?
いったい翔君は何を企んでいるのか?
彼は私に何を見せてくれるのだろうか?