私に、教えて欲しい……
円との勉強会……しかし今日はちょっと様子がおかしい。
いつもなら、2時間程度の勉強で円が集中を切らす事はないのだけど、今日はどこか上の空だった。
「円、この問題だけど」
「……」
「……円?」
「へ? あ、うん、どこかわからない?」
「どうしたの?」
「え?」
「さっきからずっとそんな調子だからさ」
「え? あ、うん、ごめんなさい」
「いや、いいんだけど、何かあった?」
「えっと、その、後でちょっと……お願いって言うか」
「うん?」
「とりあえず今日の課題を終わらせましょう」
円はそう言うとパンパンと軽く自分の頬を両手で叩いた。
円の顔を見ると全体が赤く染まっている。
叩かれた場所以外も……。
円のお願いってなんだろうか? 俺は気になって仕方なかったが、なんとか集中し課題を終わらせた。
「えっと……それで?」
勉強を終えると俺はさっき円が言っていたお願いとは何か? と、そう言って切り出す。
「え?! あ、うん、そ、そうね……」
俺がそう言うと、円の顔がさっき以上にみるみると赤く染まった。
そして暫く無言でうつ向く……一体なんなんだろうか?
全く想像もつかない、しかし、円のただならぬ様子に俺もそれ以上何も言えなくなっていた。
「ちょ、ちょっとここで待ってて貰える?!」
円の言葉を待つこと十数分、円はようやく決心したのかそう言って唐突に立ち上がった。
「え? あ、うん……」
円は立ち上がり扉を開けると振り返る事なくリビングから出ていく。
何か焦っているような? 何か戸惑っているような? そしてどこか照れているようなそんな素振りだ。
一体なんだろうか? 俺はそのままソファーに深く腰掛けじっと天井を見上げる。
円と再会して1年、でも出会ってからは3年以上が経つ。
テレビの向こうの円は異世界にいるヒロインの様だった。
そのヒロインが現実に俺の目の前に突如現れ、そしてこうやって一緒に過ごしている。
円は粉ごうことなきヒロイン、でも俺は……。
円に追い付きたい、円と俺の枷を外したい、対等になりたい。
俺は今その入口まで来ている。そう信じている。
そんなの不安と期待が入り交じりながら今後の計画を頭の中で考えていた。
そしてどれくらいの時間が経ったのか? ふと時計を見ると円が出ていってから30分以上経過していた。
さすがに遅いと俺は少し心配になり様子を見に行こうとリビングから廊下に出る。
円は自分の部屋か? と思いきや洗面所の灯りが点灯していた。
顔でも洗っているのかと俺は扉を開くと……洗面所の先のお風呂場の灯りが点灯し、扉の向こうに肌色の物体が動いていた。
「……はえ?」
円は……お風呂に入っていた。
ちょっと行ってくるといった割にはかなりの時間、軽くシャワーを浴びた程度では無い。
かなり念入りに入っているって事だ。
「え? え?」
俺は慌ててその場を後にしリビングに戻った。
ちょっと走っただけなのに心臓が激しく高鳴る。
いや、走ったからではない、俺の心臓がそれくらいの運動で激しく打つ事はない。
「えっと……お願いって、まさか?」
いやいや、ないだろう、そもそも付き合ってもないし……。
で、でもああいうのって……別に付き合わなくても、いやいや円って結構潔癖な所もあるし……。
じゃあ……お風呂に入る理由ってなんだろうか?
汗臭いから? それだったらシャワーでよくね?
お風呂にじっくり入って、俺に頼む事って……。
「えーーー……」
マジか、いや駄目だろ? まだ早いよ、いや年齢的にって意味ではなくて、いや年齢的にも? いやいや。
頭の中で想像と妄想がぐるぐると回り始める。
目をつむれば北海道の時の円の裸体が頭に浮かぶ。
染み一つ無い白くて綺麗な円の肌が脳裏をよぎる。
あの円の感触が……って、いや、じっくり触れた事は無いけど……。
「え、ええええええ……」
どうしようどうしようどうしようどうしよう……。
恋愛なんてずっと興味無かった。ただ俺だって男だ、そういう事に興味が無いわけじゃない。
据え膳食わぬは、なんて言葉もある。
正直今まで円が俺にそういう事を匂わせて来る事だってあった。
でもそれは……俺が可哀想だったから、責任を取ろうと思っているから……。
でも違う、俺は可哀想なんかじゃない、円とそんな理由でなんて絶対に駄目だ。
ここじゃない。そう……ここじゃないんだ!
とりあえず逃げよう……今の俺は以前と違って走れる、つまり逃げられるのだ。
俺は慌てて立ち上がると、荷物も持たずにリビングの扉を開けようとしたが時既に遅しと、円は部屋の前に戻って来ており俺より一歩先に扉を開いた。
俺と円がリビングの扉を挟み対峙する。
そしてその円の姿に俺は絶句してしまう。
円はバスタオルだけを身体に巻き付け扉の前に佇んでいた。
慌てて来たのか髪はまだ少し濡れていた。
バスタオルから覗く肌がほんのりとピンクに染まっている。
まるで人魚のような天使のような美しさだった。そのあまりに美しい姿に俺は思わず息を飲む。
そして……うるうるとした瞳で円は決心したかのような表情で俺に向かって言った。
「翔君……私に……して?!」