夏は終わりを告げた
楽しい、正直こんなに楽しいとは思わなかった。
そして円も異常にはしゃいでいた。
屋台を渡り歩き、神社の境内を歩き回る。
階段を登りお参りをしてしまう、さらにまた屋台を練り歩く。
「ねね、あれって?」
円の指差す方を見ると、紅白の垂れ幕の前に景品の置かれた台が並んでいた。
「射的だね」
「射的……ああ、見た事ある! ねえあれやろう!」
僕にお金出させる隙を与えずに円が財布から千円札を取り出す。
いい鴨が来たとばかりにニコニコする屋台のお兄さん。
円は二人分のコルク弾の入った皿を受けとると僕の前に置いた。
「勝った方がなんでも言う事を聞くでおけ?」
「は?」
「私初めて、あなたやった事ある、ハンデある、私怖い?」
何故か片言でそう言う円に僕の中で眠っていた闘争本能に火がついた。
ははは、そんな『なめぷ』で良いのか? こういっちゃなんだが射的は子供の頃は陸上よりも得意で、あのなんでもこなす夏樹に勝った事もある。
「いいだろう受けて立つ」
僕は自信満々に台の上の鉄砲を手に取ると、くるりと半回転させコルクの弾を詰めこみまた反回転させ台の上で弾を押し付けた。
「ふーーんそうやるんだ」
僕のやり方を見た円は見よう見まねで同じ様にセットする。
しまったああああ!
「どうぞ」
僕はレディーファーストを気取りお先にどうぞと言うが、これはさっきのみたいに自分のやり方を真似されない様、先に撃たせる作戦だ。
うるさい! 誰がセコいだ! これは勝負なのだ! 勝負と言う名が付く限り僕は全力で相手を倒す。
「それじゃ」
円は僕の作戦に見事に引っ掛かった。
円はよくテレビやアニメで見る射的のシーンはライフルの様に構え商品を狙っている。
しかしあれは間違いだ。
この威力の無い鉄砲だとまず弾は届かない。
届いたとしても、景品は台の上から下には落ちない。
知っての通り射的の景品は倒しただけでは貰えない。
乗っている台から下に落ちなければ獲得とはならない。
とりあえずこんな曖昧なルールで勝負と言われても、かといってここで数や大きさか? なんて言うと、なんだか益々男を下げる気がする。
なのであえて言わずに大きさでも数でも、どちらもでもかつり、完全制覇を目指す。
まあ、ちゃんとルールを決めて、万が一負け、円に何か変な要求をされた時の保険になるし……誰が男らしく無いだ! 勝負は非情なのだ!
円は女の子の人形を狙い、当てたものの案の定倒しただけで下に落ちなかった。
しかもどう考えても落とす事が出来そうも無い重そうな陶器の人形。
ふふふ貰ったぜ……。
僕はグイっと腕を伸ばし、最短距離で狙いを付けた例のポーズをしているキャラメル目掛け弾を発射した。
『パシン』
僕の撃った弾はキャラメルの中心に当たり弾き飛ばす。
「おめでとうございまあーーす」
やる気の無い声で落ちたキャラメルを拾い上げるとおじさんは僕の元に持ってくる。
「ぶうううううう」
ガッツポーズを見つめてする僕を見て、円はまるで敵ピッチャーが相手チームのバッターを敬遠したかのようなブーイングを僕に浴びせる。
「勝負は勝負さ」
「あらあ、そんなちっちゃな景品で勝ったなんて言わないよねえ」
「くっ、と、とりあえず取っただけ! 大物狙いで記録無しとか、そんなどこかのハイジャンの選手みたいな事しないから」
円の煽りに思わず乗った事を僕はこの後悔やむ事になる。
煽られた僕は某ヒーロー物の人形を狙うも、持ち弾全てを使い果たしてしまう。
それでもとりあえず負けはなくなった。
「ふふふ」
ホッとする僕を見て円は不敵に笑う。
「な、何?」
「引っ掛かったね」
そう言い円はさっきからしつこく狙っている人形に再び狙いをつける。
引っ掛かった? そう言う円、やはり大きさで文句をつける狙いなのか?
まあ、仮にそうだとしても、当然お願いは条件付きだと言いくるめるつもりで黙って円を見つめた。
誰が男らしく無いだ、誰がヘタレだ。
ちなみに男らしく無いはセクハラだから世の女性は気を付けるように。
円は腕を思い切り伸ばすと、人形目掛けて最後の一発を放った。
弾はその人形の腕に当たり跳ね返った弾は隣に置いてあったキャラメルのを箱と一緒に台の上から落ちた。
同じ品物……引き分けかと思ったその時、円は叫んだ。
「行け!」
そう言われ僕は落ちたキャラメルから上に視線を移すと、最初に当たっていた人形がクルクルと回転していた。
そして……そのまま隣の人形を巻き込み、2つ同時の台の上から消えていった。
「やったあああああ!」
跳び跳ねて喜ぶ円、まさかこれが全て作戦だったのか? 僕を煽り大物を狙わせ、最後に3個落とす。
僕はまんまと作戦に嵌まったと円の落とした2つの人形を呆然と見つめていた。
おじさんから景品を貰いホクホク顔の円は、僕に2つの人形の一つを渡してくる。
正面から見ていたので気が付かなかったがそれは男の子の人形で……口を突き出すポーズをしていた。
僕がその人形を受けとると、円はもう一つの女の子の人形を僕に見せつける。
目を瞑っている女の子の人形……。
僕がそれが? という顔をすると、円は膨れっ面で僕の手を取り、持っている人形を僕の手ごと顔の高さに持ち上げた。
そして……。
「ちゅ!」
そう言いながら男の子の人形と女の子の人形を……キスさせた。
「えへへへへ」
真っ赤な顔で笑いながら円はそのまま僕の手を引っ張る。
「ねえねえ、綿菓子買って帰ろ!」
「あ、うん」
「あ、あとねお好み焼きと、焼きそばと、ミニカステラと~~」
「ふ、太るよ」
「うっさい!」
そう言って僕達は手に持ちきれない程の屋台の食べ物を買って帰る。
「えっとそれでなんでも言う事を聞は件は?」
祭り囃子の音が段々と小さくなる。
祭りの後と言う言葉通り少し寂しい気持ちになっていた。
日が暮れ少し肌寒い、夏休みも、夏ももうじき終わる。
大好きな夏がもうすぐ終わる……。
「それは後で」
「後で?」
「うん……まだ覚悟が……ね」
「覚悟?」
「良いの、さあ勉強するよ!」
「ああ、うん……」
僕にお願いするのに何の覚悟がいるんだろうか?
僕は不思議に思い聞いてみるが円は何も言わなかった。
そして、部屋に戻ると円は部屋着に着替え、そのまま勉強を開始する。
1週間振りの勉強会、留守中の課題のチェックから始まり、途中屋台の食べ物を夜食にして勉強は深夜まで続いた。
いくら体力がある僕でも、祭りで歩き回り、その後深夜まで勉強と、さすがに疲れきっていた。
僕はフラフラになり、勉強が終わるとそのまま円のマンションの自室のベットに倒れ込み直ぐに泥の様に眠りについた。
そして時間はわからない、疲れきっていたので目が開かなかった。
多分寝入って直ぐだと思う、僕の部屋に人気を感じる。
近くに誰かいる気がする。なんだろうか? 僕は夢見心地でい様子をうかがっていた。
するとその人気は僕の履いていたパジャマの裾をゆっくりと捲っている。
え? な、何? 一体何をしている。
ま、まさか……貞操の危機
まるで金縛りにあったかの様に身体が動かない、そんな感覚でいると『パシャ』っと音が鳴る。
僕はなんとかうっすらと目を開いた……するとぼんやりと人影が、今にも閉じそうな目をこじ開け暗闇を見つめると……そこには、円がベッドサイドに立ち、スマホをじっと見つめている姿が確認出来た。
スマホの灯りでうっすらと見える円の顔。
寂しそうな、切なそうな、そんな顔をしていた。
そして……暫くじっとスマホを見つめていた円は、その後何事も無かったかの様に僕の部屋から出ていった。
なんだったんだろうか? 僕はなんとか起き上がろうとするも睡魔はに勝てず、そのまま眠りに落ちていった。
翌朝円は何事も無かった様に僕に接して来る。
あれは夢だったんだのだろうか?
そんな楽しい思い出と、円の奇妙な行動の謎を残したまま僕の高校1年の夏休みは……終わりを告げた。




