そしてまた、彼女は僕の前から姿を消した。
あれは約2年前、中学1年の時の事だった。
子供の頃から足が速かった僕は、陸上の名門校にいたコーチに誘われ、その年にコーチが赴任した学校に入学した。
そして並みいる先輩を全員抜き、1年生ながら、いきなり全国中学陸上競技大会出場まで果たした。
僕、宮園 翔は学校の期待と名誉を背負い、大会会場の仙台に赴いた。
100m代表として、中学新記録をかけ、さらには、ジュニアの世界大会候補選手として大会に挑む事になっていた。
ここで優勝すれば将来はオリンピック選手に、なんて夢を現実とするべく僕は将来を未来を掛けて挑んでいた。
幼い頃から毎日毎日ずっと走っていた。
繰り返し繰り返し練習していた。
走る事が唯一の取り柄、僕は全てを陸上にかけていた。
しかし、僕はこの大会で決勝どころか予選さえ走る事は無かった。
いや、それ以来……走る事は無かった。
ずっと──出来なくなってしまった……。
◈◈◈
朝、テレビにはいつもの様に笑顔の白浜 円が映っていた。
朝の情報番組、【円の今時の中学生】というコーナーが放送されている。
今やCM女王とまでいわれている白浜 円、彼女を見ないのは朝くらいと言われていたが、ついに朝の情報番組にまで進出した。
一体彼女はいつ寝てるのかわからない程の活躍ぶりだった。
情報番組の彼女の担当しているコーナーでは、話題の商品、流行りの言葉等々、スマホの画面や、フリップを使い、最近中学生の間で流行っている様々な物をにこやかに紹介している。
明るく可愛い彼女を、僕はいつものように朝食を食べながら、ボーっと眺めていた。
「ちょっと! お兄ちゃん、またこいつの事見てる!」
さっきまでパジャマ姿で一緒に朝食を取っていた妹の天が、制服に着替え、部屋から戻って来ると、まだテレビを見ていた僕を見て怒りだす。
「え? ああ、まあ……」
「お兄ちゃんこいつの事憎く無いの?! 私だったら絶対に見ない!」
「……いや、だからさ、何度も言ってるけど、円さんは悪く無いよ……悪いのは僕なんだから」
この妹との会話は、2年にも渡って何度も何度も繰り返していた。
「さん付けまでして──またそんな事言って、お兄ちゃん、人が良いにも程が!」
「ああ、わかった、ごめんごめん、ほら、そろそろいかないと遅刻するから……」
妹の円ヒステリーもいつも通りの事、しかし……僕のために怒ってくれているのはわかっているので、それ以上何も言えない。
「ごめん……はい……お兄ちゃん」
妹は多分まだ言いたいのだろうけど、これ以上は不毛な争いだと判断したのか? 怒りの表情から一転笑顔に切り替え、いつも通り僕に手渡してくれた。
僕の──第3の足を。
僕も笑顔でそれを受け取り、ゆっくりと立ち上がった。
僕の3つ目の足となる……杖をついて。
僕の右膝は殆ど動かない、1年の時のあの全国大会当日の朝から──ずっと。
◈◈◈
「行こうお兄ちゃん」
妹は僕の鞄を手に取ると先に玄関に向かった。
いつもの通り僕の靴を玄関に並べて用意してくれている。
「うん……あ、テレビ」
ゆっくりと歩きながら部屋を出ようとして、テレビを消し忘れた事に気付き踵を返す。
そしてテーブルに置いてあるリモコンでテレビを消そうとしたその時、番組のエンディングで、いつもはいない筈の白浜円が再び登場していた。
『円ちゃんは本日で番組を卒業となります』
「え?」
突然の降板の挨拶に、リモコンの電源ボタンを押そうとした僕の手が止まった。
『はい、この度学業に専念する事にしました、皆さん今までありがとうございます』
そう言って笑顔でお辞儀をする円。
「え……」
司会者から花束を貰い笑顔で画面に手を振る白浜 円が学業に専念……だって?
まさに青天の霹靂だった。その言葉に僕は戸惑った。
僕にわだかまりは無い……と言ったら嘘になるだろう。
でも、恨みは無い、むしろ最近では応援していたくらいだ。
毎日彼女の顔をテレビで見るのが僕の日課になっていた。
「もう! お兄ちゃん! 遅刻するよ!」
僕が来ない為に玄関から戻ってきた妹が扉から顔だけ出して僕を急かす。
「え? ああ……ごめん」
呆然としていた僕は、妹にそう言われ我に帰った。
テレビはすでに次の番組に変わっていた……もう彼女を見れないのかと、僕は残念な思いで、スイッチを切った。
それから数ヶ月……毎日の様に見ていた彼女を、それ以降テレビで見る事は無かった。
なろうコン用新作です。
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