7.人の心は不安定
宿に押し込まれ、さっさと宿代を支払ってジャンは去って行った。
湯を貰い、部屋で体を清めてからベッドに身を投げ出した。
リアナは天井を眺め、目を閉じた。
眠りは訪れないが、ただじっとしているだけで眠れる気がした。気がしただけ。
照明を落とし、暗くなった部屋のベッドに横たわり、ただ時間が過ぎるのを待った。
外から薄らと聞こえていた喧騒は次第に消え、完全なる静寂が訪れてもリアナは眠る事は無かった。
だが、意地でもリアナは目を開けなかった。
長い夜が明け、太陽光が柔らかく差し込む頃、漸くリアナは目を開けた。
何もせずにいるのは余りにも退屈だった。早くジャンが迎えに来ないかな、とベッドの上で足をバタつかせてみた。
(今日は騎士団総長さんに挨拶か)
ジャンはリアナの事を素直に神子だと紹介するのだろうか。
紹介され、リアナはどうなるのだろう。
突然、言葉に出来ない不安がリアナを襲った。
ジャンは、知り合ったばかりだ。
何も疑わず付いてきたが、アッシュム王国で神子を騙った悪女と言われているリアナをこの国の人達が受け入れるだろうか。
首と胴が離れても生きていたと言う奇跡を起こしたリアナだが、神子だと認められず化け物と恐れられるのでは無いか。
大人しく、誰にも見つからず、ひっそりと森の奥に逃げて動物の巣穴を居住地にしておけば良かった。
きっと、死ぬ事はない。
(首を落とされて生きていたもの。動物に齧られても死なない…と、思う)
今からでも逃げ出そう。
ジャンに宿代のお礼を言わないといけないが、そんな事言っている暇は無い。
特に荷物もないので鍵を返して宿を飛び出す。幼いリアナだけで何処かに行こうとする状況に女将は止めようとするが、リアナは足を止めなかった。
街には人が溢れ始め、背の小さなリアナは人の波に飲み込まれた。
ジャンはリアナが宿を飛び出してから程なくして現れた。
女将はリアナがついさっき鍵を返して出て行ってしまった事を伝えた。
何故か、泣きそうな表情だった、と聞いて、ジャンはリアナが消えた方角を聞き、走っていった。
リアナの安否を心配し、ジャンは必死に人混みを掻き分けた。