33.崩壊が始まる
ただただ、幸せな時間が流れていた。
平穏と言うぬるま湯に似た生活が崩壊の危機にある事など、誰も知らず。
いつでも、予想外に訪れるものだ。
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「…亡命者、ですか」
グレゴリオに呼び出されたジャンは、リアナを伴い、総長室にいた。
グレゴリオは自身の机に座り、ジャンとリアナは机の前に置かれたソファーに隣同士で座る。
グレゴリオは一枚の書類をジャンに手渡す。
そこには、この頃増えた亡命者の人数やどこの国から来たか等が記されている。
ジャンは横に座るリアナが書類を覗き込み、唸った。
それもそうだろう。
亡命者の大半はアッシュム王国からだ。
増税により、アッシュム王国の国民は生活が厳しく、貧しい生活を余儀無くされた。
貧しくなると、犯罪が増えた。
飢えに蝕まれ、強奪が増え、死人も出た。
アッシュム王国にいるだけで命の危険に晒された人々は安寧を求め国を出た。
結果、アッシュム王国と隣接する国に流れ込んだ。ルババグース王国だけの話ではない。
「私の政策を、全部撤回したのね」
「リアナの?」
下唇を噛み、悔しそうに膝の上に乗せた手を握りしめる小さな背中をジャンはそっと撫でた。
小さなリアナが背を丸めると、より小さくなる。
「神子は政治にまで関わるのか?」
「第一皇子の婚約者だったから。一応。あの人面倒事は全部私に丸投げで成果だけ掻っ攫っていったの」
「なんてことを…」
神子は敬うべき者、だと言うことはグレゴリオも重々承知しているが、シム然り、リアナ然り、普通の人と同じ対応をして欲しいと言われている。
ルババグース国王も同じ様に言われているが、彼は意思を曲げなかった。
グレゴリオも最初の頃は、断り続けていたが、シムは街中に現れるものだから諦めた。
丁重な扱いをしていれば、彼女の正体が露見しかねないと思ったのだ。
「第一皇子に聖女…、あの二人は私のことを毛嫌いしていたし、民よりも貴族を大事にしていた。でも、こんなに酷い、馬鹿げたことするなんて思ってなかった」
遂にリアナは頭を抱えて項垂れた。
毛先が黒く染まった短い髪の毛が首をするりと撫で落ちる。露わになった細い首には今もしっかりと包帯が巻かれている。
グレゴリオも、ジャンも、目に痛い白い包帯からそっと目を逸らす。
少女が抱えるには重いものだ。
「もう起こってしまった事は仕方が無い。だがこうしている今も国境を超えてくるものが居るだろう。ジャンには様子を見に行ってもらいたい。…リアナも、良ければ一緒に」
グレゴリオは迷いながらも、結局リアナもジャンに着いていかせようと思った。
予想通り、リアナは勢いよく顔を上げ、グレゴリオを見上げて、瞳に炎を燃え上がらせた。
「行く。行きます。私のせいだもの」
「リアナのせいなんかじゃないだろう」
「全部が私のせいじゃなくても、私が原因の一部を担っているなら私のせい」
思わず反論したジャンに、リアナは静かに言い返す。齢十二とは思えぬ威圧に、神子と言う肩書を感じさせた。
「えぇと、いつ国境を偵察に行けば?」
「三日後に、頼む。それまでは三日の休暇を与える」
リアナがそっとグレゴリオに問うと、別の書類を手に取り、仕事に戻ったグレゴリオが手を止めてそう言った。
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