21.影は差す
回想終了です。
当時の事は、今でも鮮明に思い出せる。
一度話を区切り、グレゴリオはジャンに向き直る。何処か緊張した面持ちでジャンは椅子に座り直した。
「大地の神子と呼ばれるその人は、どうなったんですか?」
「生きているよ、今でも変わらず」
疑問が首をもたげた。
知らず知らずのうちに、ジャンは自分の手を握り込んでいた。掌は汗でじとりと濡れて気持ちが悪い。
何かが、おかしい。嘘に嘘を重ねている様で。
「ルババグース王国に居た大地の神子はシムの事だ。アッシュム王国ではシムは神子の力を覚醒しないまま生贄として死んだと認識しているだろう」
そして、とグレゴリオはまだ言葉を続ける。
「俺が、いや、俺たちがシムに助けられた後。故意にかつて大地の神子がこの国を救ったと歴史に書き足した」
何故だと思う?
優しく問うグレゴリオに、ジャンは言葉を返せなかった。
喉が乾いて、舌が張り付いてしまった様で、ジャンは首を振るだけで精一杯だった。
「シムの名誉のため。故郷での汚名を雪ぐ為にと、国王陛下がそうさせた。せめて、ルババグース王国では英雄として扱おうと」
数十年前、ルババグース王国に大地の神子がいたと言われている時期には実際には大地の神子はいなかった。
丁度、彼女が生贄とされた時期に被せて歴史を書き換えたのだとグレゴリオは言う。
「アッシュム王国は何も言ってこなかったのですか」
「あぁ。彼らは覚醒したシムを知らない上に彼女は神子では無かったと思っていたから」
些細なボタンのかけ違いでうまく事は運んだらしい。
まだ固く目を閉じたままのリアナにそっとジャンは目を向けた。きっと、彼女もそうなる。
故郷では、神子を騙った罪人として後世に語り継がれる事になる。
「本当勝手よね。勝手に担ぎ出して、期待にすぐ応えなければそこで終わりなんて」
突如として降りかかってきた声にジャンは思わず椅子を蹴飛ばし、立ち上がる。
佩刀していないにも関わらず、腰を落とし、抜刀体勢に入った。
「待て、やっと来た。噂をすれば影が差す。大地の神子の登場だ」
グレゴリオは右手で軽くジャンを制し、口角を上げたのだった。
「やっと来たって、……あぁ、確信犯なのね」
「地獄耳で助かるよシム」
「はいはい」
むっつりと不満げに口をへの字に曲げていたシムは呆れたように頭をゆるりと振った。
やけに親しげな様子の二人に、ジャンは呆然と眺めることしか出来なかった。
上手く書き溜められないので不定期更新に戻ります。