19.大地の神子
泥に塞がれた両目は使い物にならず、肺に取り込んだ空気が新鮮で、助かったのだと察する。
浮遊感が続き、空中でもがいていると、なにか大きなものに捕らえられた。
ひんやりとしたそれはグレゴリオを器用に捕らえ、何処かへと運ぶ。
日差しが暖かく、じわりと体温を上げてくれるが、体の表面に付いた泥を乾かしていく。グレゴリオは慌てて、袖で顔の泥を拭い取ろうとしたが、結果的に塗り広げてしまった。
一人で焦っていると、固い地面に放り出され、受け身も取れずにべちゃりと転がった。
聞き慣れた団員達の声に包まれ、鳴き声交じりに生還を喜ばれた。
だが、聞き慣れない声が空気を変えた。
「これで全員?足りてるのね。水…、浄化のほうがいいかしら。どちらにせよ苦手なのよね」
なんだっていいか、と女が言うと、グレゴリオ達は土砂降りに遭った。
おかげで泥は流されたが、体温が奪われる。
漸く目を開くことの出来たグレゴリオは声の出所を探した。
「ごめんなさい、土とか泥とか、地面の魔法は得意なんだけど」
両手を合わせ、申し訳なさそうに眉毛を下げている女性がすぐ近くに立っていた。
見知らぬ存在は彼女一人きりで、他に仲間がいるようには見えなかった。
周りを見渡すと、グレゴリオと同様に泥まみれの騎士が地面に座り込んでいる。あらかた先程の土砂降りで泥は流されてはいるが団服に染みついた泥まではこびりついたままだ。
少し遠くに見える湿地は、かなりの範囲陥没しているのが見て取れる。
助け出したこの女性は何者だろうか。
「団員を助けていただき、感謝を申し上げます。魔導師の方とお見受けいたしますが」
「え、いや、そんな。それに魔導師じゃないです。偶然居合わせただけだし」
先程の雨でぐっしょりと濡れた当時の騎士団長が女性に膝をついて深々と頭を垂れた。
それに倣うように騎士たちはばらばらながらも膝をついて件の女性に敬意を示す。
女性は困ったように眉尻を下げ、両手を体の前で左右に振っていた。
「出るつもりはなかったんですけど。助けることの出来る命を見捨てるなんて私達のような存在がするべきじゃないものね」
後半は自分に言い聞かせる様に、女性は眉根に皺寄せながら低く呟いていた。
それはどういうことなのだろうか、聞いてもいいのだろうか。騎士団長と副団長は顔を見合わせ、アイコンタクトを計る。
だが、その前に女性が口を開いた。
「聞きたい事はわかります。なので、先に答えますが他言無用でお願いしますね」
人差し指を立て、そっと口元にあてた女性は鮮やかに笑った。
「命の恩人の頼みです。騎士の誇りにかけて守りましょう」
「ありがとうございます。実は私、アッシュム王国から追放された身でして」
犯罪を犯したわけではありません、と慌てて付け足す女性の姿に誰もが首を傾げる。
家を追い出された、ならわかるが国から追放ともなれば相当の理由のはずだ。
だが、犯罪者ではないと言う。
「まず、私の名はシム・リエウと申します。通称、大地の神子」
大仰に両手を広げたシムは堂々と胸を張り、騎士団長を見据えた。
ざわりと撫でるように吹いた風は冷たく、鳥肌が立った。
「実力不足だと切り捨てられた、アッシュム王国の元神子です」
よく見ると、シムの身に着けた衣類は裾が擦り切れ、生地は至る所が薄くなっている様な、やけに粗末なものだった。
来年も宜しくお願い致します。