10.心休まる人
ルババグース王国に話が戻ります。
人の波を掻き分け、混乱でろくに頭が働いていない状況の中、まるでリアナは一寸先も見えない闇の中を進んでいる心持ちになっていた。
呼吸を必要としなくなった体は息切れひとつなく。
引きつった顔と血の気を失った顔色だけが彼女の心情を表している。
ひしめく大人達の中を進むリアナの背は小さく、存在ごと掻き消えてしまいそうだ。
燃えるような赤い髪が時折隙間からちらちらと覗く。
運命の悪戯でリアナが出て行ってしまった後に宿を訪れたジャンは、人のひしめく中、器用に人を避けて進む。
時折、ちらと見える赤を目指して。
背の小さなリアナと、背の高いジャンの歩幅はまるで違う。
ジャンの一歩はリアナの三歩にもなる。
次第にジャンはリアナへと距離を詰める。
幸いにも、ジャンは今、私服であった。
これが騎士団服や甲冑を身に纏っていれば、何らかの罪を犯した少女を追う騎士だと思われていたかも知れない。
今は急ぐ少女と、これまた急ぐ青年にしか見えないだろう。
もし、ジャンが騎士だと分かっていれば、リアナはこぞって街の人々が追いかけ、捕らえ、騎士であるジャンに引き渡していた事だろう。
些細な違いが、リアナの心を壊さずに済んだ。
「リアナ!」
届きそうで、届かない。
もどかしさからジャンは思わずリアナの名を口にした。そうして、初めて己が彼女の名前を音にした事に気が付く。
そして、リアナも、初めて彼に名を呼ばれ、足を止めた。
いつも通り騒がしい街中、行き交う人の群れに取り残されたリアナとジャンは漸く巡り合った。
俯いた背中は余りにも小さく、ジャンは息を呑んだ。
(僕が守ってあげないと)
リアナを振り向かせながら抱き上げ、一人で勝手に決意していた。
頼まれなくても、手を振り解かれようとも、自分だけは、と。
腕の中に捉えた少女は驚きに目を見開き、そして、罰が悪そうに目を逸らした。
「どう、して」
「リアナ、君は土地勘が無いだろう。それに騎士団総長に紹介するって言ったし話もつけてある」
「私…」
「安心して。怖い事は無い。これから先、嫌なことがあったら手を引いてあげる」
ね?、と柔らかく微笑んだジャンに、リアナは強張っていた体から力を抜いた。
何故自分にここまでジャンが尽くしてくるのかは分からないが、心を開かないのはきっと失礼だと、そう思った。
そして、彼とは長い付き合いになりそうだとも、勘が告げている。
「…ごめんなさい。何も言わずに宿を出て」
「いいよ。さ、行こうか」
ジャンの首に腕を回し、リアナは彼の首筋に顔を埋めた。
野生動物が懐いたようでなんとなしに嬉しい。ジャンは頬が緩むのを隠せずにいた。
小さく軽いリアナを抱っこしたまま、朝の活気ある街をジャンは歩く。
一日はまだ始まったばかり。
更新遅くてすみません!
これからは出来るだけ2〜3日に一回ペースで頑張ってみます。