第二話「JK」-3 “椎名天音”
「私がこの力に目覚め始めた時のことだ」
要は、中二病に目覚めたときのことか。
「突然現れたこの力に恐れをなしたのだろう、奴らは徒党を組んで私に攻撃を仕掛けてきたのだ!」
突然変わったクラスメイトに驚いたほかの奴らが、椎名をいじめの対象として攻撃したってところか。
中学生の多感な時期、異質なものには敏感になるものだ。
まだ精神も発達しきっていない時期のことであれば、なおのことだろう。
「奴らのしたことは、まさに極悪非道だった。私のロッカーはぐちゃぐちゃにされ、 クラスでは当然
孤立、中二までの私の人生は、まったく謳歌という言葉とは無縁だった」
「・・・」
俺は、その時、何も言えなかった。こいつはどんなメンタルで生きているのか、そう思っていたが、そんな過去があったとは。
俺はまるで自分が悲劇のヒロインみたいに言っていたが、俺も所詮は、自分がかわいいだけの馬鹿に過ぎなかったということか。
最初にも言った通り、俺には暗い過去もなければ悲劇も何もないのである。
自分の人生を悲観するくらいなら、まだいじめもなかっただけましと思ったほうがいいのかもしれない。その時の椎名の心労は、計り知れない。
そんな俺が勝手に不運を嘆くのは、こいつにも失礼か。
「そこで私が瀕死寸前であったとき、女神は現れた!!」
瀕死ってのはおそらくこいつが設定を盛っているだけだろうが、それでも椎名が深刻な状況にいたことは想像がつく。
「彼女は、そのクラスメイトたちに対して、こう言い放ったんだ。」
『あんたたちみたいなゴミが、そんなことをして何になるの?』
実際、彼女のたたずまいから予想できそうなセリフだ。他の人間を見下したかのようなセリフ。
普通はそんなこと言えない。実際にそんなことを言ったら、周囲の人間は加藤のほうを批判するだろうか。俺は、心底胸がすいたような気がした。
彼女は、加藤海葵という人物は、やはり俺なんかとは違う次元にいる人物なんだと思い知らされる。
そして、そんな話を聞かされた俺はどうしても協力しなければという思いに駆られる。
押されると押し返せない陰キャの悪いところでたね。例えば掃除当番とか。陽キャに押し付けられたら愛想笑いしてでも受け入れないとね。この世はカースト社会だからね。
でも、今回はいやいやというわけではない。俺なりの意思があってのものである。
「わかった。お前の過去の話はよーくわかった。・・・俺も協力する」
こいつが目的とすることは、なんとなくわかった。やりたいことも。でも、それを今こいつに言うのは野暮ってものだろう。野暮って言葉、かっこいいよね。行ってみたいセリフランキング上位。
すると、椎名はにやりと不敵に笑い、
「よし、では作戦を立てるとするか」
俺もつい、こいつにつられて笑ってしまう。さっきの予感は間違いなかったかもしれない。俺の今までの生活から、何かが変わる。そんな予感。でも、
「あ、俺のクラスで俺が出るのは嫌だからな」
結局俺は小心者のままだった。
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そしてさらに翌日。
俺は昼休みを今か今かと待ち望む。
俺らが加藤海葵勧誘のために立てた作戦はこうだ。
椎名が加藤海葵を屋上まで椎名が連れていき、そして俺にやったように中二ワールドを展開し、無理やり加藤海葵に契約を結ばせる。俺にやったように。
そして、俺はなんか補佐係。椎名がやばそうになったら椎名を助ける役なのだが、実は俺なんもしなくね?とも思った。
しかし、この案の発案者は俺だしまぁいいかとなった。実際俺なんもやりたくないし。
これは、実体験を基にしたアイデアだ。まじで俺なんも言えなかったしなー。ははは…
それに、俺らのような人とのかかわりを絶っているような存在は、こんな作戦しか思いつかないのだ。陰キャ二人はきついって。
最初は、加藤の弱みでも握って、そこから仲間にしてやろうとしたが、俺らのような陰キャはそんなパイプもないし、椎名に聞いたところ、それらしい弱みは見つけられなかった。
それに、あの完璧超人加藤からそんな欠点らしい欠点は出ないだろうと俺自身も思った。
こんな方法でそう簡単にいくとも思えないが、こちらも1日にして曲者ぞろいの光満高校でその名を知らしめた椎名天音だ。1年と2年の有名人対決ってとこだな。
言うまでもないが、俺はもちろん無名である。
そして決戦の昼休み、俺はトイレに行くふりをして屋上へ向かう。
ちなみに、二年二組は三階にあり、階段を五階分登らなくてはいけないので、それがなかなかに応える。
俺が教室を後にし、四階に足を進めようというところで、下の階からざわざわという声がする。
もちろん、下の階で何が起こっているかはなんとなく想像がつく。
俺はその音を聞き、さらに歩みを早める。
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一人、屋上で待つ俺はえもいわれぬ思いで過ごしていた。この作戦は、俺が話さなくてもいいようになってはいるが、やはり万が一は考えてしまうもの。
もし俺が加藤と話すようなことになれば、それは世界の終わりを意味する。
俺がきょどって皆に共感性羞恥心というものを発動させてしまうだろう。皆って誰のことか知らんが。
ちなみに共感性羞恥心というのは、人が怒られていたり、痛いセリフを言っているとき、要は自分が恥ずかしいと思うようなことをしている場面に出くわしたときに、自分も恥をかいているような気持になり、いたたまれなくなる、というような心情のことである。
それに、俺がもし加藤と話すことがあればそれは、俺が世界で初めてJKと話すという異常な事態になってしまう。
え?前にjkと話してただろって?もちろん、椎名はノーカンだ。あいつは女子高生であってもJKとは認めない。
JKは違うんだ!俺の中で!あいつをJKとしてしまったら、なんというか夢という夢がなくなってしまう。そんな気がするのだ。
そんなくだらないことを考えていると、屋上に一つしかない扉が開く音がした。
こんな時間にわざわざ7階の屋上に来る人間は、この状況では1人、いや2人しかいいない。
扉を開け、現れたのは、加藤海葵と椎名天音だ。
ついに、この3人が対面する。まぁ、俺はなんもする気ないけど。
「…天音ちゃん、どうしたの?わざわざ屋上まで呼び出して」
「・・・ミキパイ、わ、私は・・・」
椎名の口から言葉が紡がれる。いつもの感じで行くと思っていたが、椎名はやけに緊張している。なんだ?こいつが緊張だなんて、似合わないにもほどがある。
憧れの先輩だからだろうか。
俺はそんならしくない椎名を心配そうに見つめる。こいつがしくじって俺が出るなんてことになったらコトだからな。
しくじるなという願いを込め、椎名を見つめるが、ついには椎名の額からは汗がしたたり落ちる。
なになに。ただ事じゃない雰囲気なんですけど。
そんな俺の心配事もよそに、椎名からとんでもないことが告げられる。
「私は、ミキパイのことが好きなの―――――!!」
やっと百合。