第二話「JK」-1 “始まり”
二話。
ぽつり、ぽつりと降る雨。さっきまでは気持ちのいいくらいの晴天だったのに。
何やら不穏なことになりそうな予感がする。
この雨は俺に何をもたらすのか。
そんなの誰にもわからない。
神のみぞ知るってか。
「完全無欠の女王?って誰だ。ゲームの話か?」
椎名曰く、腐った目で椎名を見る。
「“完全無欠の女王”・・・仮の名を“加藤海葵”だ」
加藤海葵・・・聞き覚えのある名前だ。確か、入学式で俺の隣だった女子だ。
俺の名字は沖名だから、出席番号で俺の次が偶然加藤だっただけだが。
容姿端麗、成績優秀かつ寡黙な美少女ということもあって、コミュの狭い俺が一年のころから噂で名前だけは知っていたほどだ。テストでは学年一位を常にキープし続けているという話もある。
椎名が完全無欠というのもうなずける。
俺とは無縁のタイプの女子ナンバーワンだ。
「その加藤海葵を我々の仲間に引き入れるのだ!!!」
右手を顔の前にかざし、めちゃめちゃかっこつけた感じで椎名は言う。
あの加藤を仲間に・・?あの、加藤を?
「いや、無理だろ。あの加藤だぞ?てか、お前一年なのに加藤のこと知ってんのか」
「当然だろう。なんせ、奴は私と同じ闇の養成所の出身だからな」
その何語かわからない単語はスルーするとして、文脈から察するに同じ中学出身ということだろう。
「要するにおな中ってやつか。ただ、それならあいつがどれだけすごいやつかわかってんだろ。なら手を引いたほうが賢明じゃないか?」
というか、俺が単純にそんな高根の花の女子と話したくない思いのほうが強いのだが。
「それはできん。私は彼女に忠誠を尽くすと決めたんだ」
なんか異世界物のラノベみたいなセリフだな。
まぁ、深くは聞く気はないが、どうせその“完全無欠”とかの言葉がかっこいいとかその類の理由だろう。
「それで?俺には加藤がお前の仲間になってもらえるなんて思えないけどな」
俺は思ったことをそのまま椎名に言う。てか仲間って何。
しかし、椎名は退かない。
「彼女は私の光だ。私は彼女を守らなくてはいけない!!!」
怖い。俺はこいつが怖い。そう思われる加藤も不憫だなと思えてくる。俺、加藤とかかわりないけど。
俺が思いっきり引いているのもよそに、椎名はとんでもないことを言い出す。
「それに、私だけではない。“私たち”だ。お前ももちろん私に協力してもらうからな」
「は?」
「と、言うかだ。これは私とお前の勝負だ。どちらが先に仲間に引き入れるかの戦いだ」
俺も巻き込むだと。冗談じゃない。
・・とはいっても、俺自身暇なので協力すること自体は別にいいんだ。むしろおもろそうだし。
何が問題かというと、このクエストのクリアのためには、俺が女子に話しかけることが必要不可欠であるということだ。
「いやだ」
「だめだ」
幼稚園生並みの問答が繰り返される。あれ、退化してね。
「とにかく、だ。負けたほうは相手の言うことを何でも聞くことにするからな。フッ、さらばだっ!!」
そう言い残して、椎名は階段を駆け下りていく。
気づけば、夢の時間のはずだった女子との会話タイムが終わっていた。
というかあいつ最後にとんでもないこと言い残していかなかったか。
相手の言うことを何でも・・?
何でもということは、何でもということか?
一人屋上に残された俺は、まるでさっきの出来事が本当に夢であったかのように、現実へと引き戻される。
とめどなく降る雨は、俺の未来への不安を体現するようであった。
「・・・帰るか」
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翌日。
俺は内心ものすごくそわそわしながら学校生活を過ごしていた。
いつ椎名はこのクラスにやってくるのか。
女子の知り合いに世話を焼いていることを周りの男子たちに自慢したい気持ちを抑えながらも、そんな男子いないだろと思いながらも、毎休み時間ごとにそう思っていたのである。
そんな中で、椎名が仲間に引き入れるといっていた加藤海葵のほうにふと、目をやる。
椅子に座っていても背もたれからあまりかけているなっがい黒髪を静かになびかせ、まさに冷静沈着という言葉を連想させるたたずまいをしている。
休み時間中にも読書をしている彼女の姿は、本に目を落とす瑠璃色の鋭い目と、何人も近寄ることのできない絶対的なオーラから、その空間には、彼女以外の人間の侵入を許していないかのようにさえ見える。
ものすごい美人だが、これはなるほど、確かに近寄りがたい。
うわさでここまで騒がれる加藤が、恋愛がらみの話が一切ないのはこういうところに起因するのだろう。
ある意味話しかけたくない女子ナンバーワンであろう。
だが、その美貌から、男女ともにあこがれる人も少なくない、といった印象だ。
それに頭もよくって、運動もできるときた。
こんな存在に話しかけ、果てには仲間にまでしようとしているのか。あの椎名は。
俺のそんな思いがなかなか晴れない中、とうとう昼休みの時間に突入する。
俺は珍しく木下と川上と一緒に飯を食っていたのだが、そこに悪魔が現れる。
気づいちゃった俺は、知らない人のふりをしてトイレにでも逃げ込もうとしたが、その行動より先に、椎名の言葉が出る。
「ミキパイ!!私たちの闇の集いに入って!!」
氷結の場・その2。昨日も見た光景だな。
二年二組の人間が、俺以外固まっている。俺は昨日の件があったので耐性もあったが、普通の人はまずこうなるだろう。
こんな奴の標的にされた加藤もかわいそうだなと思いつつ、一人で弁当を食っている加藤のほうを見ると、涼しい顔で、
「え、いやだけど」
そう答えるのだった。