第三話「友情」-2 “陽と陰”
「はぁ、はぁ」
教員室は一階にあり、三階上がるだけで俺はだいぶ息切れしてしまう。
運動神経のいい奴らはこういうところがつくづくうらやましい。何であいつら体力きれないの。無尽蔵なの?
俺が2年2組教室の扉前までたどり着くと、ばったり加藤と出会ってしまった。うわっ。
でも、同じタイミングで教室に入るのもなんかなぁ…
そう思っていると、加藤も同じことを考えていたのか、教室に入りあぐねている。というか俺をにらんでいる。
こういう時は、下手に気を遣わずに、さっと入るべきだ。別にやましいことがあるわけじゃないし。
そう思い教室に入ると、本当に同じことを考えていたのか、加藤も同じタイミングで教室入りしてしまう。
うわー。これ、別にそういう関係には思われないけど、何があったかは知り合いに絶対聞かれるパターンだ。いやだなー。なんて言い訳しよー。
あっ、そんな友達いなかった。ははは。
なんてくだらんことを思いながら授業を受けていると(正確には聞いていないが)、いつの間にかチャイムが鳴る。
俺は考え事をしながらぼーっとしていると、突如俺に話しかける声がする。
「ねぇ、沖名君」
俺が顔を上げると、そこにいたのは、若干短めの髪に少し染めているような茶髪、身長は女子の中間くらいで、これまた整った顔立ち。
髪を染めていることからもわかるが、こいつはいわゆる陽キャだ。髪を染めているから陽キャというのもどうかと思うが、クラスでの立ち回りは完全に陽キャだ。陽キャ勢とはみんな仲良くて、陰キャにも話してくれるタイプの。
確か、名前は小林紗良。
俺と無縁な女子ランキング二位にランクインする女子、「陽キャの中心人物」だ。
「ねぇ、沖名君って、加藤さんと仲いいの?」
その小林から、何が聞かれるかと思えば、加藤のことだ。ま、俺は前にも言ったように授業以外で女子とまともな会話をしたことがないからな。
その俺に話しかけることなど天変地異に等しい。
だが、俺目当てで話しかけるわけでなく、加藤目当てで。これなら納得である。
「いや、別に・・」
陰キャ丸出し返答。これは何回繰り返せばいいんだろう。
初対面の人に楽に話せる人って神かなんかかとも思えてきた。
最近は何かと人と話すことが多いので、さすがに慣れてきただろうと自分でも思うが、まったくそんなことはなかった。そのクソ返答に対し小林は、
「あ、そうなんだ~でも、さっき加藤さんと一緒に教室戻ってたじゃん?」
さすが。陰キャの答えを受け流し、かつ話題を広げる。
「それは偶然だ。加藤に聞きたいことがあるなら直接聞けば?」
そこをつかれると困るが、俺はなるべく女子との会話を終わらせたい。
「あ、うん。わかった。ありがとね~」
なんだか申し訳なくなる。向こうから話しかけられたのに、なんでこっちが申し訳なくなるんだ。それに、せっかくの女子との会話を無駄にした感がある。
ちょっと俺が傷心にになっていると、突然後ろ襟を引っ張られる。
教室から連れ出された俺は、後ろを見ると、そこにはいつものツインテールを下げた椎名がいた。
「おい、なんだよこれ」
俺は襟をつかんだままの椎名の指をさす。
「何を言ってる。せっかく一度ミキパ…レーギスから逃げ切ったというのに、また捕まる気か」
「お前のそのミキパイとレーギスって呼び方なんだ。どっちかに統一しろややこしい」
「くぅ…それは…やはり本人にレーギスというのはどうもな…」
こいつにも恥という概念はあったのか。まぁ、こいつの場合加藤本人への思いもあるだろうが…
「それならミキパイ呼びで統一すればよくないか?」
「それは!私のプライドが許さん!!」
なんやそのプライド。おそらく、気に入ったまたは仲間と認めたやつにはちゃんと中二ネームを付けて自分の世界観に入れ込みたいといったところか?中二病特有の謎のこだわりか。
「そんな話はいい。それより、私がせっかくレーギスの魔の手から救ってやったのだ。何か言うことはないか?」
俺は別にわざわざ頼んだわけではないのだが。もとはといえばこいつのせいだし。
俺が素直に礼を言うのをあぐねていると、後ろから足音がする。
「ちょっと…天音ちゃんにまとわりつくそこのコバエさん…」
今度はコバエ?俺を例える時って自動的に虫になるの?こいつは本心でそう思ってそうなんだが…
「あの小林とかいう女に、何言ったの?私、あんなのとしゃべりたくないんだけど…」
加藤は、額にわずかな筋をにじませ、お怒りのご様子。
「い、いや、俺はな、何も言ってないが・・・?」
「いぃえ、言ったでしょう!あの女、あたしに変な“相談”なんて持ち掛けてきたのよ!何が楽しくてあんなのの相談聞かなきゃいけないのよ!あれもカリスマとか気取ってるけど、所詮は群れるだけのごみでしょう?そもそも相談ならあのその他大勢にすればいいじゃない!自分のことを肯定だけしてくれそうなのがいっぱいいるじゃない!普段別に仲良くもないし、私自身も別にあんなのと仲良くしたくないのだけれども、都合のいいときにだけ私に頼るのはなぜかしら?私はそういう人間が一番嫌いなの。あぁ、ごめんなさい。私はあなたたちのことを同じ人間とも思ってなかったわ。なんで私がわざわざあなたたちと目線を合わせなくてはいけないのかしら」
いや、めっちゃ怒ってた。いや、鬱憤たまりすぎじゃないですか?自称卑屈の頂点の俺でもそんなつらつらと文句…というか悪口を言えないと思うが。
「もう、いらいらするから早く実験台になりなさい!」
とんでもないことを言い出した。俺は逃げようと身構えるが、一人、この話題に食いついたやつがいた。
「ミキパイ、相談って何?」
目を輝かせてそう尋ねたのは椎名だ。どっちにしろ嫌な予感がするのは気のせいか‥?




