第三話「友情」-1 “実験”
俺は今、人生一番のピンチに陥っている。
手足は地面に固定され、体は自由が利かない。目にはアイマスクがつけられ、何も見えない。
ただ、耳には何やらゴポゴポという液体が泡を立てる、危険すぎる音が聞こえる。
これから何をされるのかはわからない。が、俺にとって良くないことがおこるというのは想像がつく。てか、こわすぎんか、この状況。
どうしてこんなことになったのか。それはさかのぼること約1時間前。
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「よろしくね、実験番号099さん」
俺はその瞬間、何を言われたのか分からなかった。
なぜ加藤が俺に突然寛容になったのか。昨日までは、まさに俺のことを“敵”として認識しているような態度だったが…。
そうなると、俺は問い詰めなくてはいけない相手が一人いるはずだ。おそらく、そいつの影響があって今の状況ができている。
「おい、椎名」
「ど、どうした」
話しかけた瞬間、やましいことでもあるのか、椎名は俺のほうから顔をそらす。
「…おまえ、何をした」
「・・・」
ただただ申し訳なさそうに椎名は顔をそらす。
え、こいつがそんなやっちまった…みたいな顔すると俺もやばいみたいじゃん。
あれ。これ、俺がやばいの?
その時、やっと俺は加藤の言っていた言葉を理解する。
実験番号・・・??
そういえば、椎名が以前加藤は自分に寄ってきた男たちを実験台にしていたとか言っていた気が・・・・
理解した瞬間、俺の顔は一気に青ざめる。
これ、まずいやつじゃね・・・?
「ど、どういうことだ、椎名・・・」
「いや、すまん。し、仕方のなかったことなんだ…」
歯切れの悪い椎名の言葉。何がしかたなかったんだ。いや、それ以前に何をしたんだよお前は!!
「あら?どうしたの、099?」
ちょっと待って、俺、番号で呼ばれてるんですけど。これ囚人を呼ぶのとおんなじ感じ?
もうお前に自由はないぞ、という意思の表れなの?
「お、おい、加藤。その呼び方はどうした?」
「何言ってんの、天音ちゃんから聞いたわよ。私の実験台志望者だって。最近少なくて困ってたのよねぇ」
志望者ってなんだよぉぉぉ!!
改めて俺は椎名のほうを見る。否、にらみつける。
椎名はとても申し訳なさそうに目をそらす。そらすなよ、この野郎・・・・
俺が椎名を憎悪で殺そうとしかけたとき、後ろ襟をグイっと引っ張られる。
「じゃあ、さっそくラボに行きましょうか」
小悪魔のようないたずらなほほえみを見せながら、加藤海葵は俺を地獄に案内しようとしていた。
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というわけで俺は加藤の言うラボに連れてこられたんだが、これってただの化学室だよな。
先生に許可も取らず何をやっているんだこいつは。
「一応聞くが、お前はこれから何をする気だ?」
何も見えない、動けない体で加藤に問う。
「あんたに言ってもわからないでしょうけど、簡単に言うとあんたのDNAとか血とかをちょっともらうだけよ」
DNAあげるの?こいつに?いまから?血をあげる?なんで?
何に使われんの?
「なに?いやなの?」
いやですけど。逆にこれ、いやじゃないやつおる?
「いや、ちょっと待て。まずは理由を・・」
加藤の近寄ってくる足音がする。
時間を稼ごうにもコミュ障の俺には人との会話による時間の稼ぎ方など知らない。
あ、もう終わったのかな・・・
そう思いかけたとき、化学室のドアの開く音がした。
「お前ら、授業中になにやってんだ!」
担任の怒号が俺には天使の一声に聞こえた。
そのあとなぜか俺も含めて教師に説教された。俺は完全に被害者なのに。
「沖名、お前はそんなことする奴だとは思わんかったで」
担任の菊地先生は、聞きなれない関西弁であきれたように俺に言う。
だから俺は被害者だっつーの。
何度言っても加藤の教師からのイメージからか、あまり信じてもらえる様子はない。
菊地先生は現代文の先生だが、俺も現代文に関しては成績上位をとったこともある。
俺から見てもそんなにイメージは悪くないと思うのだが…
そうはいってもやはり学年一位の秀才にはかなわないってこった。
世の中は理不尽だなぁ。
加藤は、中身がドSだとしても、やはり外面はよく、先生たちにはそこそこあたりが良いように見える。一方の同級生には近づくなとオーラで言っているような感じだが。
先生にねこかぶっていたりだとか、学級委員やっていたやつとかはこういう時に有利で腹が立つ。陰キャでコミュ障の僕には人権はないんですか。ないんですかそうですか。
そんな不満丸出しのオーラを出していた俺に先生は、俺にだけ聞こえるように耳打ちする。
「ここだけの話、加藤のことが気に入らないー、っていう先生も結構いるんだぞ?」
へー。これはいいことを聞いた。表には出さなくても、やはり先生間でも生徒の好き嫌いは激しいもんなんだな。まぁ、それを隠しもしない先生とかたまにいるけど。
菊地先生は去年も担任だったこともあり、俺からは、向こうから話しかけてくれれば返せるくらいに認識だ。この先生はだいぶぶっちゃけたことを言ってくるので、特に女子生徒の間では人気という話を聞く。
俺としても、あまり陰キャだとか陽キャなどの分別をせずに気楽に話しかけてくる先生なので、(授業中以外は)俺の中で好印象の先生だ。ただ、授業中でも陰キャばっかにあてるときもあるのでその時は先生を恨んだりする。俺はなるべく目立ちたくないのだ。
「そうなんですか。結構先生たちの印象よさそうですけどね」
「まぁ実際内申もいいんだけどな?ただ、やっぱりできすぎるやつが気に入らないっちゅうのはどこ行っても同じなんやなぁ」
それはそうだろう。俺が聞いたところによると、加藤は一年の最初のテストから学年トップ。それを維持し続けている。もちろんそれには努力も必要だが、当然同等くらいに努力している奴もいる。それでも加藤が一位を取り続けるのは、多少なり“才能”というものが加藤にあるからなのだろう。
才能。それは俺とは無縁の言葉第二位だ。ちなみに第一位は女子。だったのだが、その第一位の認識も今は薄れ始めている。
「ところで先生、加藤は?いつの間に消えましたけど」
「お前、そんな加藤のことが気になるんか?まぁ、えらい美人やもんなぁ、あいつは。だけどな、おまえ。世の中には分不相応って言葉があってな…」
俺が言ってるのはそういうことじゃないんだが。というかこの人、遠回しに俺のこと大分ディスってない?ま、否定はしないけども。
俺が言いたいのは、俺だけまだ説教を受けているのにあいつだけすでに教室に戻っていたら理不尽じゃないか、ということなんだが・・・
「まぁな、そういう奴にあこがれる気持ちもわかるで。私もお前くらいの時はなぁ…なんや、お前も恋バナしようや」
さらには聞きたくもない先生の恋バナを持ち掛けてきた。ここはすぐに逃げ出さないとまずいっ!授業も受けたくないが、この話に混ざるのはもっとキツイ!!
「先生、授業行くんで!」
俺は教員室から逃げるようにして脱出する。