第二話「JK」-6 “直接対決”
「ねぇ、ちょっと、あなた」
「・・・」
コミュ障奥義其の壱「安易に返事しない」、発動だ。
このような場面で、本当は別の奴に話しかけていたのに俺が反応してしまう、こんなことがあれば、俺は恥をかくことは想像に難くないし、俺を挟んだ二人の間の空気も気まずいものにしてしまう。
俺はこれで幾度となく恥をかいた。
何度経験してもあの恥辱感と堪えがたい空気にはなれない。つまり、陰キャは自ら余計な行動をとらないことが大切、ということだ。
今は六時間目も終わった放課後。生徒は少数とはいえ、2,3人はいる。ここで安易に答えるのは相応のリスクがある。
俺は椎名の様子を見てから帰ろうと思い、誰に話しかけているかわからない加藤をスルーして、席を立とうとする。すると、
「あなたよ、天音ちゃんと一緒にいた」
…まだ信用してはいないが、教室を見渡すふりをして、振り返る。俺はここまで予防線を張らないと行動できません。我ながら小心者の陰キャだなぁと思う。
振り返ると、俺のことを見る加藤がそこにはいた。
吸い込まれそうな瑠璃色の青い瞳に、整った顔立ち。そして、きめ細やかな黒髪。
危ない噂がたっても惚れる男がいるのも今ならわかる。こんな奴に見つめられたら、正常な男は間違いなく落ちてしまうだろう。そんなことを思わせるほどの美貌だ。
「・・・・・・・・・・・っな、なんだ」
俺はついきょどって、間をたっぷりとったのにもかかわらず言葉に詰まってしまった。
三文字で詰まることある?でもこんな美人に話しかけるシミュレーションなんてしたことないからなぁ…。
「何で天音ちゃんに付きまとうの。あの子に憑く害虫は私が取り除かないと」
会話における第一声が俺を害虫扱いすることなんだが。
「別に、俺はあいつに付きまとってるわけじゃないんだが…」
なぜか自信なさげに言う俺。いや、がんばれ俺。
「最初の屋上は偶然と思ったけど、一緒に話してるのを見かけると、ねぇ…」
なんか目が笑ってないんすけどこの人。殺るやつの目してるって。こわい。ただただ怖い。
「だって、あの子に華ちゃん以外の友達なんてできるはずないもの」
あいつも信用ないなぁ。その気持ちは何となくわかるが。
「いや、あいつだって友達の一人や二人できるはず…ないか」
俺も自分で納得。
「そうよ。だからあなたが天音ちゃんに付きまとう理由は何?」
俺が椎名に付きまとう理由。いや、付きまとってはいないが。でもこいつの前で否定したらほんとに殺されそうだからやめておく。てかさっき一回否定した気がする。こいつ、俺の話を聞く気がないな。
それはともかくとして、俺が椎名とつるむ理由。まだ確かな何かはないが、今言えることは一つだ。
「別に理由なんてない」
「はぁ?なにそれ」
成り行きで出会って、わけのわからん決闘させられて。それでもまだ離れていないのは、単純に俺が暇で、何より、意外とあいつが面白いからだ。
作戦会議や、決闘なんて真似、普通の高校生じゃまず経験はできないだろうからな。それがいいことか悪いことかは置いておくとして。
初めにも言ったように、俺は自分の人生がそれなりに楽しければそれでいい。だから、あいつと絡む。そこに何か思惑の入った理由なんてもんは、ない。
それに、俺はこいつに言ってやりたいこともあるんだった。
「加藤、お前椎名と中学一緒だったから知ってんだろ?あいつのこと。だったら、少しはかまってやれよ」
こいつは椎名をいじめから救った張本人だ。そいつが椎名を(言葉で)ぼこぼこにしてちゃあ椎名がかわいそうじゃないか。そんくらいのことを言う義務が、俺にはある気がした。
ただ、質問にするとかもっと柔らかく入るすべがあったんじゃないかと思い、言った後で少し後悔する。
コミュ障あるある、人と話すのに慣れてないからつい順序をすっ飛ばしていっちゃう、そして後で気づいて後悔する。
早くもその状態にあった俺は、恐る恐る加藤のほうに顔を上げる。
するとなんと加藤は、迫真の驚き顔だった。
「・・・・・・・・天音ちゃんが、あなたにそれを言ったの・・・?」
さっきの俺レベルで間をとってから、加藤は言う。
「?そうだが・・」
「おどろいた、天音ちゃんが自分の黒歴史を華ちゃんや私以外に言うなんて・・」
黒歴史ってんなら、今のほうがよっぽだだとも思うが。
しかし、加藤は驚いているが、俺にはいまいち事の重大さが分かっていない。
「あの子は、自分の過去のことを話す相手なんて、自分の信頼している人しかありえないわ。それに、あの子は一生男子とのかかわりなんてないと思っていたのに…」
どうやら俺は、思ったより椎名に信頼されていたらしい。
「あなた、名前は?」
俺、おんなじクラスでおまえの前の席なんですけど。
その突っ込みたい気持ちを抑え、
「…沖名だ」
控えめに名字だけで答える。
「へぇ…別に中二っぽい名前でもない…これは天音ちゃんに問い詰める必要がありそうね…」
俺の名前を聞いたのは覚えるためじゃなくて中二っぽいかどうかを確認するためかよ。つくづく俺の扱いが悪いな。それに下の名前は聞かなくていいんですかー?
そのまま加藤は、その言葉を残して教室から出て行ってしまう。
「・・・・っつあああああ」
美少女との五分弱の会話に疲弊した俺は、思わず自分の席に座り込む。
今の俺の中には、椎名の心配とかよりも、残念ながらJKと会話が続いたという偉業のことで頭がいっぱいだった。
今日はいい夢が見られそうだ。
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翌日。学校に行くと、下駄箱には、椎名と加藤がいた。
どうやらひと悶着あったみたいだが、どうなることやら…
無意識に加藤のことを目で追っていると、加藤がこちらに気づき、こちらに歩いてくる。
・・・・・!?
そういえばこの符号、使わないとか言っときながら、一週間で四回も登場してるし。
だが、俺はまだ信じない。加藤が本当に俺のほうに向かっているかどうかを。
しかし、そんな俺の思考も杞憂に終わる。
加藤は、俺に前で立ち止まると、その美貌に笑顔を載せて、俺の目を見て言う。
「よろしくね、実験番号099さん」
「!?」
俺は、まったく状況が理解できずに、五度目の幻の符号を出現させる。
二話終わり。
三話まで少し空くかもしれません。