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可哀想な少女

作者: 一人 千幸
掲載日:2020/05/01

読了目安時間6〜7分

「死にたい」







意味もなく、天井に向け呟く。

静かな絶望の残響が部屋に木霊する。音のない世界が、私に孤独を実感させる。


樹木が儚く紅葉を散らす、ある夕暮れの刻だった。


























私は不登校。

いじめがあったとか、学校生活が上手くいっていないとかそういうのはない。

親との仲も決して悪いわけではない。


ではなぜ私は不登校なのか?

正直なところ、私にもよくわからない。ただ、学校へ向かう足がとても重く、学校がある日の朝は決まって憂鬱な気分になる。



甘え、弱い、怠け者。そんな言葉は周りから飽きるほど聞いた。

なぜ学校に行かないのか、何か悩んでいることがあるのか。そんな言葉も、耳にたこができるほど聞いた。



私は甘えているのだろうか、弱いのだろうか、怠け者なのだろうか。

学校に行けない理由など、私が一番よくわからない。







漠然とした不安が心の空洞に渦巻き、私は焦燥感に駆られる。


親や先生はよく、私に学校に行かないとどうなるかを聞かせた。

勉強が遅れたり、欠席日数が増えると受験は大変らしい。

中卒だと就職はまともなところに就けないし、私は女だから、変な人に目をつけられないか心配らしい。


親や先生は私の幸せを想って言ってくれているのだと思った。

でも、私の幸せを想って突きつける現実が、何よりも私に不安を与えた。私にも、なぜ自分が学校に行けないのかよくわからないから。

このまま学校に行けなかったら……なんてことは想像するのも怖かった。

























学校に行けないまま、徒らにカレンダーのみがめくられていく。

そんな空虚な日々を過ごしていたある日のことだった。

担任の先生にスクールカウンセリングを勧められた。


教室には顔を出さなくていい、その条件のもと私は学校へと向かった。不思議と足は重くなかった。




カウンセラーの先生はとても優しかった。私の話をずっと聞いてくれた。自分の中の不安を打ち明けても、決して否定しなかった。

不登校になって、私は初めて自分の正直な気持ちを話した。毎日が不安で仕方ない、私にもなんで学校に行けないのか分からない。


先生はじっと聞いてくれた。何か、助言をしてくれたわけではないけれど、私はいつの間にか先生を信頼するようになった。










それから数日が経った。

私は学校へ通うようになった。ただ、授業を受けているわけではない。昼ごろに保健室に行って、カウンセラーの先生としばらく話をして帰る。そんな日々を送っていた。


学校では他愛のない話しかしていないが、親も担任の先生もひどく喜んでいた。




そして、数カ月後には私は授業に復帰していた。

勉強の遅れを取り戻すのは本当に大変だったけど、周りの人の助けもあり、なんとかなった。


その頃、私は放課後にカウンセラーの先生と話すのが日課になっていた。話す内容は他愛のないことばかりだけど、先生と共有する時間と空間が、私の中の何かを軽くしていった。




ある日、いつものように先生と話していたときだった。

先生はなんだか沈んでいた。訊くと、どうも夫さんと些細なことで喧嘩をしたらしかった。

誰にでもあるような話なのに、私はなぜか驚き、呆気に取られた。


このような人でも、心理学のエキスパートでもそのようなことがあるのかと。



本当に些細な出来事だったが、その微小な歯車が無自覚に私を狂わせ始めた。










新学期を迎え、受験に向けて進路学習を進めていた。


したいことはない、好きなことはない、夢などとうの昔に忘れてしまった。

そんな私は、人生の分岐点を前に立ち往生していた。


しかし、私には一つだけ望みがあった。



『幸せになりたい』



その一つの望みを叶えるために、私は幸せとは何かを模索した。それが、自分の進路を示してくれると思ったから。


親や先生、色んな人に幸せとは何かを訊いた。

笑ってはぐらかす人もいれば、お金持ちになることなんて言う人もいた。

お母さんは今が幸せと言っていた。先生は足ることを知るとか、難しいことを言っていた。




私は素朴に、幸せって人それぞれなんだなぁって思った。


私にとっての幸せとはなんなのだろう。




通学中に見かけるあのサラリーマンは幸せなのだろうか。

学校で働いている先生たちは幸せなのだろうか。

親は幸せなのだろうか。


私は言いようのない違和感を感じた。


サラリーマンは憂鬱そうな表情をよくしている。

先生たちは気難しい顔をよくしている。

今が幸せと言う親は些細なことで腹を立てている。


あのカウンセラーの先生でさえ、喧嘩をしてしまうんだ。




幸せとはなんなのだろう。


私は本当に幸せになれるんだろうか。
















しばらくして、私はまた学校に行けなくなった。

虚無感が、無力感が、無意味という言葉が私の足に重くのしかかっていた。



私は何のために生きているのだろう、何のために生きてきたのだろう。

私は幸せになれるのだろうか。

幸せになれないのなら、私が今まで生きてきた人生は、なんて虚しい無意味な人生だったんだろう。





以前、不登校になったときは困惑の気持ちが強かった。しかし、今はひたすらに胸中を絶望がひしめいている。


私は幸せとは何か、必死に本を読み漁りネットで調べた。



親や先生は私のことを非常に心配していた。しかし、私にはその心配を振り払ってでも探さなくてはいけないことがあった。

それが、私の人生の意味だったから。













不規則な生活をするようになった。食べ物を口に入れるのが億劫になり、身体はどんどん痩せ細っていった。髪はボサボサで、目はかなりやつれていた。


私は、次第に幸せとは何かを模索する気力を失っていった。




これから先、高校へ行って大学に行き、就職をして結婚する。

そんな人生を送っている人たちは、幸せなのだろうか。少なくとも、私の周りで毎日を幸せそうに過ごしている大人は一人もいない。


みんな仕事に追われてそのストレスを何かで解消する、言ってしまえば社会の奴隷だった。

仕事をしていないと社会的価値が失われる。でも、自分のしたい仕事をしている人なんてほんの一握りで、毎日に充実感を得ながら仕事をしている人なんてもっと少ない。


大人はみんな、漠然と生きていて、ストレス解消の手段を趣味とか生きがいと騙って自分自身を欺く。


私はこれから、その大人にならなくてはならない。果たして、私はそれで幸せになれるんだろうか。




幸せとはなんなのだろう。




虚無に苛まれる。

私の人生は何だったのか、私は幸せになれないのか。










不安から目を背けるように、惰眠を貪る毎日を送る。

そんなある日のことだった。たまたま目にしたある言葉が私の人生を大きく決定付けた。




『幸せとは諦めることである』




その言葉は不思議と私の心に染み渡った。

私の絶望に寄り添うように、優しく残酷に私を抱擁した。


ふと、両親や先生、友達の顔を思い出す。



そうだ、私は既に幸せだったんだ。



なんのことはない、当たり前のことだった。


私は恵まれていたのだ。

私は既に、たった一つの望みを叶えていたのだ。


私の人生の目的は、既に達成されていたのだ。













朝日が神々しく輝く。暗闇を散らすその光は、私に決心させた。




「お母さん、学校行ってくる」




お母さんは驚き、とても喜んでいた。

自分はつくづく愛されているのだと実感した。




あぁ……私は今、幸せなんだ。




学校に着くと保健室に顔を出した。やはりカウンセラーの先生がいた。

積もる話はたくさんあるけれど、ひとまずお礼の感謝をした。


職員室に立ち寄り、担任の先生にも感謝を伝えた。




私は今、幸せなんだ!




屋上で力一杯、天を仰ぐ。

心に渦巻いていた虚無感が嘘のように消えてなくなり、充実感に溢れていた。




私は幸せになれたんだ!




身体中に力が漲る。きっと、今日が私の人生で一番幸せな日だ。

私の人生は無駄じゃなかった、無意味じゃなかった!




その想いを胸に、少女は屋上から身を投げた。

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