Raumzeit 001: 賢者の遺産
こうして追われる立場となった俺だが、そう簡単に斃される事は無かった。
時空魔法とは、こう言うのもなんだが攻防一体の最強魔法である。
あらゆる攻撃は空間を歪めれば逸れてしまい、空間を隔絶すれば如何なる武器も魔法も通さない。
また逆に空間を少しズラしたり空間転位を上手く使うだけでも、全ての物質を切り裂く刃になる。
時間の加速は行動や思考の加速だけでなく、相手を腐らせ武器を錆びつかせる毒になる。
時間の減速や停止は相手やその行動を邪魔するだけではなく、怪我や病の進行も止める。
これらを自在に使いこなす俺に対し通常の魔法はおろか、ちょっとした空間魔法では傷も付けられない。そして少々の傷は回帰の魔法で治ってしまう。
……なお時空魔法を応用すれば、火を点けたり物を凍らせたりなんていった他の魔法みたいな事も可能だ。
物質の振動に限って時間を急激に進めれば化学反応で火が点くし、その逆をすれば何であろうと凍らせれる。
普通の魔法より魔力消費は高いが、この応用法を極めれば普通の魔法より自由度は高いし便利だ。
勿論それくらいは普通の魔法を使った方が手軽なのだが、ただ今の自分には時空魔法を使わないといけない理由がある。
なので基本的に全ての行動や自分の生命維持に、常に時空魔法を使っているのが現状だ。
それは千年経った今でも変わらない。ただ、その結果として周囲から見て異常な振る舞いになるのが欠点だが……
まあ、それは仕方ない。
大事なのは魔王の復活に備えることだ。
その為に、俺の時空魔法の知識を維持すること。時空魔法を広めることが大事なのだ
これらを満たすのが、全ての行動に時空魔法を使用することなのだ。必要経費だ。
「げっ、今日の依頼コイツも一緒かよ!!」
「またコイツ浮いてやがる……」
「そんな事するくらいなら最初から乗り合い魔導車に乗るなよ……」
そう、こう噂されるのも必要経費なのだ……!!!
――俺の時空魔法は、使い続けないと腕が一気に落ちる。
それは何故かと言えば、ひとえに高度な時空魔法が強力すぎる点にある。
この世界における魔法とは、言うなれば世界に対する命令文である。命令である魔法式を使い、世界に自らの意思を通すのが魔法といえる。
……こう書くと、魔法は簡単かつ便利に見えるだろう。
だが人間に無茶な命令をしても実行できないように、世界も無茶な命令をしたところで効力は無い。
そして魔法には必ず、それに見合うだけのエネルギー源も必要なのだ。
例えば、ある程度の火炎魔法に卓越していても、何の準備も無ければ冬の高山で火炎魔法は上手く使えない。
普通なら自分の魔力や体温を極度に集めるだけで火を点ける事が可能だが、高山では火を点けて維持する為に必要な温度や空気などを何か別の方法や魔法で出さないといけないからだ。
例外として魔力量や魔力制御、魔法式に卓越していれば無手でも可能だが、そんな術者は数少ないし、普通より消耗も激しい方法になりがちだ。
なので火魔法の使い手は雪山に行く場合、必ず燃えやすい火種になる触媒を揃えてから向かう。
実際、このパーティの魔法使いは大量の枝や小瓶などを腰に下げている。その全てが魔法の触媒だ。
そして魔法を使うための式には常に、世界に命令しても無理なく実行できるよう、その手順を細かく詳しく説明しないといけない。
式を間違えると良くて暴発、下手すれば自分どころか周囲の物や人に被害が及んでしまうのが魔法だ。
つまり魔法とは世界に対する深い理解が必要で、強力な魔法は暴発しないよう魔法式も膨大になる。
だが、人間の記憶能力で世界の全てを覚え続けるには無理がある。だから魔法使いは自分に合った属性の魔法に絞って習得するのが基本だ。
この世界に於いて高度な魔法とは、そういう世界の知識が必須な……言わば金持ち学者様専用の武器であると言える。
大抵の時空魔法となれば、王立学院を主席で卒業して使えるかどうかというものだ。
そんなものを使えばやっかみを受けるのも当然と言える。
だが、そもそも俺の時空魔法は、自分で理解し覚えたものではない。
それも時空という人智を超えた概念に対して、ちゃんと全てを理解するのは困難だ。
魔王が如何にして時空の理解を得たのかは分からないが、凡人の俺には不可能だった。
では、どうやって俺は時空魔法を使えるようになったのか?
それは魔王に滅ぼされた古代文明の、その壊れかかった古代魔法装置により……この頭、脳とやらに直接その知識を詰め込むという方法で使えるようになったのだ!
こんなズルい方法で俺が賢者と言われるなど、もう、恥ずかしくて恥ずかしくて仕方ない!!
つまり俺が魔王を滅ぼしたのは決して自力ではなく、その古代文明や、助けてくれた仲間達の助けあってこそだ。
そんな有り得べからざる手段でもって世の真理を得た俺だが、その真理を記憶し続けるに俺の脳は小さすぎた。
仮に全てを紙に記したとしても、時空の法則とは才も名立たる偉人たちが、その一生を懸けても理解し得ない神の理論だ。
頭に収まりきらない真理は当然、刹那と保たずに忘れ去られ、永遠に誰も知る事が無い。
それでも、大まかな体系知は残るはずだった。事実、今まで歴史上の魔王に対して時空魔法など殆ど不要同然だった。
……だが時空にすら根を伸ばす絶死の魔王に対し、根こそぎ攻撃できる時空魔法の維持は必須だった。
奴の不死性は、その存在そのものたる自らを未来に何度も何度も永く書き込むことで成立していた。
俺でも分かるよう簡単に言えば、アイツは色々な時間に自分の分身を置いてるようなものだったのだ。
だから俺は時空魔法を使い続ける。
この時空魔法の記憶を少しでも溢さないように、少しでも思いだせるように。
いつか魔王ガデュバディスを完全に滅ぼす、その日まで……!!!
「夜の見張りが要らないってのは楽だが、要するにコイツずっと起きてるんだよな……」
「まだ浮いてるし……時空魔法の使い手って事は強いんだろうが、怖すぎるわ」
「コイツ、浮いてる自覚ないんじゃね?」
「あり得るな……まさに浮いたコマってか?」
「違いねぇ!!」
魔王の前に、まず俺の心が倒れそうだが……
それでも…………!!
まだまだ俺の苦悩は続く。