Raumzeit 000: 魔王の遺産
――話は数千年前に巻き戻る。
端的に言えば、初めは些細な話だった。
魔王を倒し世界を救った俺ジオリティクスは近くの国に戻ると、魔族が滅んだ事を伝えた。
しかし正確には全ての魔族が滅んだ訳ではない。というのも、アイツ……魔王ガデュバディスは、あの程度では決して死なない存在だからだ。
アイツも俺と同じ時空魔法の使い手で……その精度は俺より更に卓越した、敵ながら鮮やかで細やかなものだ。
その技量が故、奴は幾つもの時空に自らを分裂させる事で、殺しても死なない術式を組んでいたからである。
当然、その事は仔細に報告をした。ちゃんと細かく言ったはずだ!
しかし、時空魔法はおろか魔法全般を理解しない王は俺を勇者と持ち上げた。
……そのような称号は決して受け取れない。
真の勇者とは、俺を守って死んだ仲間達にこそ捧げるべきものだからだ。
なので俺は各国のあらゆる誘いを断り、魔王の滅びでなく復活をこそ主題として各国に伝えたのであった。
その対策としての時空魔法も広く知らしめた。
だが多くの国は、その事実を隠蔽した。魔王は魔族は滅びたものと喧伝した。
何故なら魔王が各国に齎した被害は甚大であり、その国力……今で言う経済や景気を取り戻すには、そのような不安は邪魔だったからだ。
まあ、それは理解できなくもない。だが、それを安易に許容したのが最大の過ちだったと今では思う。
だが、この初動を俺が誤ったが故に、世界は魔王に対する抵抗力を失った。
その経緯は簡単に言えば、このようなものだった。
とある国は俺を信じた!いずれ魔王は復活すると!
とある国は俺を疑った!魔王は復活などしないと!
とある国はこう怒った!そんな争論は無意味だと!
そして、とある国は叫んだ!
「魔王が時空魔法の使い手ならば、同じ使い手たる賢者こそが次の魔王ではないか……!?」と。
この「魔王賢者論」が良くなかった。魔王を恐れる多くの国が信じてしまい、そう思わない国々と争った。
魔王を否定する国も、その多くが魔王賢者論の国を打算的に支持した。
俺の意見を信じてくれた国々は強国であったり、優しい王や賢い王が統治する国だった。つまりは少数派でこそあるが、決して普通の国には負けない力強さが有った。
だがこの勃発した魔王論戦争は、その力強いはずの彼らをも弾圧せしめて。それだけ多くの国が魔王に恐怖したのだ。
今や救世主から一転、追われる立場の俺は……人目から少しでも隠れ、可能な範囲で人死を減らし、また戦火が市民に広がらないよう動くのが手一杯だった。
皮肉にも、この魔王論戦争は簡単な時空魔法を一般的なものとした。
見つけた俺に多少なりとも攻撃を加える為にも最低限、空間魔法の力が必要だったからだ。
かくして、俺に対する武器を手に入れた国々は俺を追うことに国力を費やすのだった。
……どうしてこうなったんだ。本当にマジで、勘弁してくれ。
――かくして、魔王は一時的に滅びた。
だが、最強の時空使いである賢者は、それにより最大最悪の苦悩を背負う事になるのだった。
2020/04/05: プロローグから不要な要素を分離、改稿し、一話として投稿。