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思考機械は夢を見ない  作者: 垂平 直行
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第一章 ランス2 情報屋

 ランスは指定された時刻通りに待ち合わせ場所のバーに着いた。

 店内は古びた照明の灯りだけで薄暗く、カウンターには白髪のバーテンの他には誰もいない。


「やあ、ランスくん。こっちだよ」

 ボックス席の側から声が聞こえたので近づくと、目的の人物はすでに座っていた。


「待たせたかな。すまないオーガスト」

「なに、この時刻を指定したのは僕なんだから、気にする必要はないよ。それより早く座りたまえ」

 ランスは言われた通りオーガストの正面に座る。

「さて、まずは乾杯でもしようか?」

 おどけるようにオーガストが言う。

 もっとも、サングラス越しの目が本当に笑っているのかはわからなかった。

「いや、すぐに本題に入ってほしい。あまり時間に余裕が無いんだ」

「ほう。君ほどの男が頭を抱える案件ということか……では早速始めようか」


 オーガストはタブレット端末を取り出すと、ランスにも見えるように二人のあいだに置いた。

 ディスプレイにオーガストの用意した“情報”のファイルが表示されている。


「まず、君が言っていた『黒山羊協会』に関する情報だが……実態はほとんど不明だ。

 いつできたのか、どこを本拠地にしているのか、どのくらいの人数が所属しているのか、そもそも何を理念としているのか、全てわからない」

「そもそも、どういったことをしている組織なんだ?」

「主な活動は兵器の密輸。それをテロ組織やマフィアに売り飛ばすことでかなりの利益を得ているらしい」


「『黒山羊協会』自体はテロを行ってはいないのか?」

「今のところはね。先ほど言ったように、そもそもどういった目的で作られた組織かもわからないんだ。反TM主義者の集まりなのか、あるいは特定の宗教団体を母体にしているのか、単なる金儲けのための犯罪組織なのか、まるでわかっていない」


「なるほど。『黒山羊協会』には、兵器以外の取引はないのか?」

「というと?」

「例えば、麻薬や……人身売買なんかは」

 苦々しい顔でランスは訊ねる。

「ふむ、そういった情報は入ってきていないね」

 ほっ、とランスは胸をなでおろした。

 そんなランスの様子を見届けつつ、オーガストは続けた。


「次に、組織の構成員についてだが、これもほとんどわかってはいない。ただ、組織の連中は彼らのボスのことを“ジェネラル”と呼んでいるらしい」

将軍(ジェネラル)?」

「ああ。こういうところからすると、単なる犯罪組織というよりは軍隊のような組織なのかもしれないね」

「まさか、いずれ戦争でも起こそうとしているのか?」

「さあ? そこまではわからないさ。ジェネラルという人物についてもわかっていることは何もない。老人なのか若者なのか、男なのか女なのかすら不明だ」


「ジェネラルと会った人間は誰もいないということか? だが、兵器の取引がある以上、外部の人間と接触があるはずだろう?」

「ああ。だが、ジェネラル本人は表に出ず、部下が動いている。それがこいつだ」


 ディスプレイに一枚の画像が表示される。

 取引現場で盗撮された写真なのか、あまり画質はよくないものの、眼鏡の男の顔が顔映っていた。

 男の肌は青白く、頬がこけていかにも不健康そうではあるが、犯罪組織の人間のようには見えず、どちらかといえばやや陰気なサラリーマンといったような印象を受ける。


「彼の名前はフィリップ・レヴィ。三十六歳。表向きはロナウド貿易という会社の営業部に所属している」

「貿易会社か……『黒山羊協会』の仕事と何か関係が?」

「いちおう調べてみたが、会社自体は『黒山羊協会』との関係はないようだ。まあ、立場を利用して何らかの不正を行っていることは間違いないだろうけどね」

「取引はいつもこの男が行うのか?」

「ああ。もっとも護衛はいつも何人かつけているようだね。その顔触れも毎回変わっているから、『黒山羊協会』の人間が何人いるかはわからないそうだ」

「なるほど。もっとレヴィについての情報が欲しい」

「オーケー。いま話した内容とレヴィの個人情報についての報告書をプリントアウトしてきたから、それを渡そう」


 オーガストは書類ケースからA4サイズの茶封筒を取り出し、ランスに渡した。

「まったく、このご時世に紙媒体で情報の受け渡しをするなんてね」

 オーガストはくっくっとかすれた笑い声をあげる。

「手間を掛けさせてすまない」

「なに、気にすることはないさ。宗教家がTMを嫌うのは自然なことだからね」


 オーガストは「あと、これは噂なんだが」と前置きをしてから、「ここ半年、『黒山羊協会』は元テロリストや犯罪者たちを集めているらしい」

「……ほう?」

「なんでも、法外な報酬を提示して連中を雇っているらしい。けっこうな人数に声が掛けられているらしく、一部で噂になっている。まあ、それで組織に新しい人間が増えたから、レヴィの情報も手に入ったんだけとね」

「『黒山羊協会』が何らかの行動を起こそうとしているということか?」

「さあね。そうかもしれないし、単なる人員補充なのかもしれない。いずれにしろ、他の組織は『黒山羊協会』の動きを警戒しているよ」

「そうか。何事も起きなければいいんだが……」

 かつてのテロでの惨状が脳裏をよぎり、ランスは顔を歪めた。


「まあ、『黒山羊協会』について動きがあれば連絡しよう。

 ――あと一つ、こいつを見てくれ」

 オーガストの端末に今度は別の男の写真が映る。

 顔に傷のある、暴力的な雰囲気のある男だった。


(アシャットの言っていた、ルナを連れて行った男の一人も顔に傷があった……)


「男の名はアレッシオ・モンテロ。今朝、計画未定区域内で死体となって発見された」

「この男が『黒山羊協会』と何か関係が?」

「ああ。モンテロは元テロリストで半年前まで服役していたんだが、刑期を終えた直後に『黒山羊協会』に入ったらしい」

「『黒山羊協会』に所属していた男が殺された……」

(モンテロがルナの移送に関わっていたのだとしたら、この事件も何か関係が……?)

「まあ、君が何を調べているのかは知らんが、念のためこの男の情報も入れておいた」

「そうか。いろいろとありがとう」

「なに、これも仕事だ。それに、旧い友人の頼みを無下にしたりはしないさ」

「それでも、感謝する――それじゃあ、すまない。僕はこれで」

「ああ。君が良い結果を出すことを期待しているよ」

 ランスは封筒を持つと、足早に立ち去った。


 取り残されたオーガストは一人ウイスキーのグラスを傾けていた。

 店内にはあいかわらず他の客は無く、バーテンも彼に話しかけようとはしない。

 古びたオーディオから流れる雑音交じりのジャズとオーガストがいたずらに転がすグラスの立てる音だけが空間を支配していた。

 また一口ウイスキーを飲み込むと、オーガストは満足げな笑みを浮かべた。

「ずいぶんと面白いことになりそうだ。せいぜい頑張りたまえ、白馬の騎士よ。どうか僕を楽しませてくれ」

 その声を聞く者は誰もいない。

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