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思考機械は夢を見ない  作者: 垂平 直行
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第四章 ランス3 闘争

 ランスはまず、黒山羊との距離を詰めた。

 このまま黒山羊に迫られ、後ろの壁際に追い詰められるのはマズイという判断からだ。

 階段の端を駆け下りながら、まっすぐ黒山羊を見据える。

 

 黒山羊もまたランスを捉えようと、階段に身を乗り出していた。

 前足の蹄による一撃が、走るランスを狙って放たれる。


(今だ!)

 ランスは急停止して踏みとどまり、後方へと飛び上がった。


 直後、黒山羊の蹄がランスの立っていた場所に落とされる。


 コンクリートの階段は、激しい音と共に砕かれた。

 ランスの目の前で、コンクリートの残骸が大量に生み出される。

 人間に命中していたら、当然タダでは済まないだろう。


 回避に成功したランスは、素早く階段の逆側へと移動し、再度駆け出した。


「グギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」


 近づいてくるランスに向け、黒山羊が即座に前足を払う。

 横からの一閃がランスへと迫る。


 蹄は凄まじいスピードで、そのまま壁へと激突した。


 爆音と共にコンクリートの壁が崩壊する。

 攻撃された箇所に大きな穴が開いた。


(しめた!)

 とっさに身を伏せて逃れたランスは、すぐに穴のなかへと飛び込んだ。


 穴は地下空間の内部へと通じている。階段のような狭いスペースとは違い、ここなら十分に黒山羊から逃れる余裕があるだろう。


 降り立ってまもなく、背後から激しい物音が轟いた。

 振り向くと、ランスが出た穴から、黒山羊もまた壁を破壊しながら無理やり抜け出そうとしていた。


(あくまで、狙いは僕ということか!)


 ランスは急いで地下空間の内部へ向かって走り出した。

 これ以上、戦い続ける理由はない。なんとかして黒山羊を撒き、一刻も早くルナを探す手立てを考える必要がある。


 チラチラと後ろを確認しながら、全力で足を動かし続ける。単純に走るスピードは黒山羊のほうが速いはずだが、距離を離せば諦めるかもしれない。


 穴を抜け出た黒山羊は、ランスの背中をまっすぐに追いかけてきた。

 距離はすでに十分ある。暗闇に紛れ、隠れる余裕はあるかと思われた。


 黒山羊は走ってスピードを上げながら、背中の翼を大きく広げた。


 ランスの頭に疑問符が浮かぶ。

 こんなところで翼を広げ、黒山羊は何をするつもりなのか。


 大仰なモーションで、音を立てながら翼がはためく。


 次の瞬間、黒山羊が急速にランスへと近づいた。

 十数メートルあった距離が一瞬で失われ、目と鼻の先まで黒山羊が迫っている。


「なっ!?」

 驚く間もなく、ランスを黒山羊の角が襲った。


「う、うおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 模造剣でとっさに角を弾く。


 凄まじい衝撃が身体を襲った。

 直撃は避けられたが、勢いを殺しきることはできない。

 ランスはあまりの衝撃に後方へと吹き飛ばされた。


「がっ……がぁ……!」

 地面に身体を打ち付けられ、鈍い痛みが走る。


 だが、ゆっくりしてはいられない。

 即座に体勢を立て直すと、剣を握りなおして黒山羊と対峙した。


(とてもではないが、逃げ切れない。どうにか倒すしかないのか……あの怪物を)

 たらりと額から血が流れる。

 勝てる気配は微塵もなかった。

 頭を撃ち抜いても、全身に銃弾を浴びせても、蘇る不死身の怪物。

 黒山羊に生命としての常識が通用しない。


 それでも、この世に存在する以上、なにか弱点があるはずだ。

 黒山羊という姿を形づくる”核”のようなものが。

(奴は悪魔だ。見極めろ……その本質を)


「ギイイイイイイイイイイイイイイイイ!」

 咆哮と共に黒山羊が肉薄する。


 ランスは身動きを取らず、黒山羊を待ち受けた。

 蹄が再びランスを襲う。


(違う! これじゃない!)


 瞬時にランスは飛び退いた。

 だが、完全には避け切れず、蹄は左の脇腹を掠った。


「ぐあああああああああああああああああああああ!」

 

 直後、あまりの激痛にランスは絶叫した。

 まるで身体の一部が押しつぶされたような感覚。

 骨までも一撃で砕けてしまったようだった。

 

(マ、マズイ。体勢を立て直さないと……)

 即座に立ち上がることができない。

 ランスは地面を這って黒山羊から逃れようとした。

 

 だが、黒山羊もこの機会を逃すはずがない。

「ぐあっ!」

 ランスの背中を、圧倒的な力が押さえつけた。

 黒山羊が前足を乗せ、獲物を捕らえたのだ。


「うっ、あぁぁぁぁ!」

 とてつもない重量がランスの身動きを封じ、身体がミシミシと悲鳴を上げる。

 このまま踏み潰されても、ランスは死ぬだろう。


 だが、黒山羊は確実に獲物をしとめるため、自身の禍々しい凶器を使うと、ランスは確信していた。


(このままの体勢では駄目だ。せめて、なんとかして振り向かないと……)

 ランスと黒山羊のあいだには圧倒的な力の差がある。全力を出しても、一瞬持ち上げられるかもわからない。まして、ランスの肉体はかなりのダメージを受けている。


 うなり声を上げながら、黒山羊の頭部が迫る。

 チャンスは、一瞬だ。


「ぐおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」


 雄たけびと共にランスは全身に力を込めた。ほんの一瞬、地面とランスのあいだに開いたかどうかのわずかな隙間が生まれる。ランスは身体を回転させ、うつ伏せから仰向けの体勢になった。


 再び黒山羊によって押さえつけられる。

 眼前には禍々しい角が迫っていた。

 もはや、それがランスの身体を貫くまでに幾ばくの猶予もない。

(主よ……ルナ……僕に力を貸してくれ)

 

 ランスの胸部を目掛け、黒山羊が角を突き出した。

 

 瞬間。

 

 黒山羊の角が、ランスに向かって勢いよく落とされる。

 

 同時に、ランスは全力で模造剣を振るった。

 

 身体へと到達する寸前、角と模造剣が空中で交差する。

 腕を通じ、ランスの全身に電流が走る。あまりの衝撃に、腕が、全身が押しつぶされたのだと錯覚した。

 

 感覚が失われる。痛覚も触角もない。

 だが、この一振りに込めた力だけは、いっさい緩めなかった。

 

 バギィン!

 模造剣が根元から折れる。剣身が宙に舞った。

 

 同時に、


「ギェエエエエエエエエエエエエアアアアアアアアアアアアアアアアア!」


 黒山羊が苦悶の叫びを上げる。


 その頭部の角は片方が途中からへし折られていた。


(やはり角は再生されない! だが、もう一本の角がまだ残っている!)


 黒山羊は大きく仰け反った。ランスはその隙に黒山羊の足元を逃れたが、すでに彼は黒山羊の眼中にないようだった。


 ただ、自身の半身を失った苦しみから、悪魔はひたすら悶え狂っている。

 やがて、黒山羊は勢いよくあさっての方向へと駆け出した。

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