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都市戦争で下剋上  作者: 人生負け組
3/4

目覚めの初動。

――バレた。

 幾つかの足音がこちらに近づいて来る。一歩、また一歩とゴミ山に近づいて来る。


「ここまでか」


 そう思った時だ。足元にある物に俺は気付いた。

 刃がかけているナイフ。そのナイフがポツリと地面の上で眠っていた。


「ナイフ……」


 きっと使い古したナイフだろう。食材を切る役目を終えてやっと眠りに就いたのだろうか。


「そうだ……」


 そのナイフを掴んだとき、俺の脳が覚醒した。

 何で今まで逃げていたんだ。何で今まで〝人間〟に恐れていたんだ。何で今までこの都市に抗う事をしなかったんだ。

 俺はハーフエルフだ。人間と違う種族。人間は〝差別対象〟という言葉で自分達以外の種族を見下している。

 そしてそれは知らぬ間に俺自身も受け入れていた事だ。

 俺があいつらより下……?

 誰がそれを決めた? あいつらより下だと一体誰が言った?

 俺は静かに立ちあがる。

 そうだ。俺はこの都市が憎い。だったら変えてしまえば良い。

 ――差別対象という言葉がない都市(せかい)に。

 殺す。

 あいつらを皆殺しにして、人間たちに見せつけてやる。

 お前たちが見下していた種族が、お前たちを殺す力があるのだと、言ってやる。


「あああああああぁぁぁぁぁぁぁ……!」


 握った手に力を込めて俺はゴミ山を飛び出た。

 男たちが「いたぞ」とこちらを指さした。

 バチ、バチバチ。体からそんな破裂音が聞こえた。一体それが何なのかは解らない。


「……!?」


 男たちが俺に驚いた。存在ではない、その速度に。

 走った俺は男たちに接触するまでの歩数を数えた。実際はその歩数の半分で男たちの懐に潜れた。つまり男たちは俺の接近速度に驚いたのだ。

 俺自身もそうだ。自分がこんなに速く動けたとは思わなかった。だから多少は動揺したが、すぐに慣れた。


「うわあああああああああ!」


 男の腹にナイフを刺す。皮膚を切り裂き、ナイフが肉に飲み込まれていく。

 生々しい感触。生々しい音。

 男が悲鳴を上げた。

 空から降っている雨が赤色に変わっていく。

 周りの奴らが目の前で起きた現実に目を疑った。俺はそれを見逃さない。

 男を刺した後、俺は上に飛んだ。

 まただ。自分の想像を遥かに超える跳躍力だ。体が軽いとかではない。何と言うのだろう、体内から溢れる力が体を包んでいる感じだ。

 男の首元にナイフを刺す。隣の男の横っ腹を力技で切り付ける。

 悲鳴が空気と同化し、無表情の壁や地面が赤で装飾されていく。

 後、六人。

 人数を把握して俺は走った。細道を出て大通りに顔を出す。


「ここで良い」


 細道から六人の男が追って来た。

 突撃する。やはり速い。まだ自分の速度に慣れていないが、それ以上に相手がついて来れていない。

 肉が飛び散り、骨があらわになる。

 女の悲鳴が聴こえた。辺りの人間が目の前で起きている異様な光景をただ視界に入れている。

 もっと見ろ。お前たち人間が散々見下した差別対象が人を殺している光景を。

 自分の体が赤に染まっていく。ボロボロの刃も同じだ。地面は薄赤色で塗られて、どんよりと殺伐とした空気が支配している。

 その時だった。

 頭に闇を感じたのは。そして次の瞬間、俺の顔面が地面にめり込んだ。

「ぐはっ……!」

一瞬、意識が消えかかった。しかし消えかかった意識を呼び覚ましたのは一つの声だった。


「あまり調子に乗るなよ? 餓鬼」


 聞いた事ある声。俺は記憶の糸を辿っていく。

 ……バローズだ。この不快な声音はバローズの声である。

 バローズはもう一度、俺の顔を地面に叩きつけた。

 声が出ない。痛いとかより、意識が飛びそうになる。

「俺の仲間を可愛がってくれたな? 礼をしねーとなぁ?」

 バローズは笑みを浮かべる。その笑みには残忍さや殺意の感情が乗っていた。

 バローズは持っていた棍棒で俺の腹を殴りつける。

腹に強い衝撃を受ける。肺が凹んでいくのが判った。空っぽの肺に住んでいた空気が一斉に口から吐き出され、同時に粘り気のある胃液が大量に口から流れていく。

 そして棍棒に乱雑に刺さった釘が、体内に侵入する。

「ああ……あああ」

 悲鳴さえ出ない。力尽きそうな声を発したというよりかは、口から漏れた。


「ふん。こんな雑魚に何人やられてるんだ」バローズはもう一度、俺の腹に棍棒を叩きつけた。「さあ。死ぬ前に俺たちを舐めたその面。拝ませてもらおうか……?」


 バローズが俺の被っていた布をゆっくりとズラす。


「……!?」俺の顔を見た時、バローズの表情が固まった。「まじかよ。ハハ……ハハハハハッ! まじかよ。何てついてる日だ。ハハハハハッ!」


 バローズは自分の頭を支えて高笑いする。

 そんな豹変したバローズに仲間の一人が尋ねる。


「ど、どうしたんですか。バローズさん」

「あぁ? どうしたもこうしたもねー。見て見ろ。こいつの面」


 そう言われた仲間たちが俺の顔を覗く。しかし眉をひそめて解っていない様子。


「ったく、てめーら。よく見て見ろ」バローズが俺の耳を指で示す。「こいつはエルフだ。しかもただのエルフじゃねー。人とエルフの子だ」

「それが? ただの差別対象ではないのでしょうか?」


 男の質問にイラついたのか、バローズは男の顔面を殴った。


「てめーら。奴隷都市で何を見て来た? 差別対象でもエルフは高値でやり取りされる生き物だ。市場には殆ど出回らない。それなのにこいつは人間とのハーフ。どこを探してもハーフエルフ何て言う頭のおかしい生き物はこいつだけだ」

「つまり、高値で売れると?」

「そうだ。人間が差別対象と子を作る何て聞いた事ねーだろ? 比になんねーぞ。こいつを奴隷都市に出品したら、一生遊んで暮らせる」


 歓喜のバローズを見て、男たちも喜びを見せる。そしてバローズたちの俺を見る目が変わった。

 俺はバローズの言っている事の半分以上理解出来なかった。今解る事は、絶体絶命という事。俺は辺りを見渡し、ぼやける視界の中、周りの奴らをゆっくりと視界に入れていく。

 未だに状況が理解出来ずに立ち尽くす者。俺の正体を知って、ざまあ見ろと笑う者。そんな中、一人の存在が視界に入った。

 小汚い恰好の連中の中、そいつは浮いていた。体つきは普通だが、安い鎧を身に纏い、槍を杖の様にして持っている人物を。

 ――警備兵だ。

 こんな糞都市にでも存在する。犯罪者を見逃さず、罰を与える者が。

 俺は警備兵に力が抜けた手を上げて、尽きかけの声で呼びかける。

 警備兵は俺の行為に気付いた様だ。そして行動を取った。

 ――目を逸らすという行動に。

「くっ……」俺は警備兵を睨みながら歯を食いしばる。口内に鉄の味が広がる。

 知ってた。誰も助けてくれない事ぐらい。所詮はこの都市の住人だ。叶わない悪には目を瞑る奴しかいないのだ。

 それと同時に自分にイラついた。人間達に復讐を誓ったのに、人間に助けを求めてしまった事に。


「よし、連れて帰るぞ。幸いにも息はある。出荷の準備だ。ジェイドさんにも連絡しねーとな。きっと喜ぶぞ」


 こんな所で終わってたまるか。こいつらを皆殺しにして、人間たちに見せるんだ。見下していた存在が脅威となる事実を。

 それにここで捕まったらシャロはどうなる? 今も震えながら俺を待っているに違いない。俺はあいつを置いて死ぬわけには行かねぇ……!

「あああああああああああああああ!」

 喉から血の味がした。声が喉内部の皮膚を削って、口から吐き出されていく。

 力が湧いて来る。手に、足に、胸に。体内を何かが高速で循環していく。


「何だ?」

「しねぇぇぇぇ!」

 バチン! バチンバチン!


 体から何か特別な力を感じた。高速で体内を駆け回った物だと判る。それは俺に訴えかけるように体内から空気に混じって外に放出されて行く。すると空気が小刻みに震え、空気を伝って、怒りの色をした糸のような物が、空気を貫き――轟音を響かせた。


「なんだ。何が起きてやがる」


 地面が割れ、割れた地面が宙に浮き、飛び散る。「ああああああぁぁぁぁぁぁ!」

 俺の咆哮と共にバチ、バチと再び音が鳴る。意識をバローズたちに向けると、腕を押さえて痛がる素振りを見せる。まるで強い静電気に攻撃されたかのように、一歩下がる。


「くそ。どうなってやがる」


 状況を理解していないバローズが俺を放した。バローズの眼は得体の知れない物を見る目である。

 いける。何がどうなっているかは解らないが、この不思議な力があれば、バローズを殺せる。

 俺は声を荒げてバローズに突進する。

 後一歩。

 ――その時だ。

 体を循環していた不思議な力が消えた。霧の様に散って、跡形もなく消える様に。

 俺の拳がバローズに届いた時には、先程まで強い力を纏った拳ではなく、弱弱しい弱者の拳であった。


「あぁん?」


バローズが言う。未だ状況が理解出来ないと言った表情だが、形勢逆転したことには気付いたようだ。


「流石、エルフの血が通ってるだけある。これは期待できる。取りあえず一発お見舞いさせてもらうぞ」


 俺は無意識に視界をシャットダウンした。もう動けない。ここまでか。

 棍棒が空気を切る音が耳に届く。

 やがて俺の頭部に接触するだろう。


 ――ごめん、シャロ。兄ちゃんここまでみたいだ。


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