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都市戦争で下剋上  作者: 人生負け組
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都市№000

この都市は雨が多い。灰色の空から落ちて来る水滴はどこか寂しく虚しい。

雨が地面を濡らして土の臭いが都市を覆っていく。

 そんな雨音が耳に入るたびにイライラする。

――人々の足音も。

――物同士が擦り合う音も。

――この都市の空気さえも。

全てにイライラする。

路地裏の崩れそうな屋根の下で膝を曲げ、体を震わせながら俺たちは座っていた。


「シャロ、腹減ってないか?」


 俺の隣で同じく震えている妹・シャロに尋ねる。双子のシャロは華奢な体で簡単に折れてしまいそうな見た目だ。


「大丈夫だよ。お兄ちゃん」


 弱弱しい笑みを浮かべるシャロだが、明らかに我慢しているのが判る。聞く間でもなかったんだ。もう二日、ろくな食事をしていない。


「兄ちゃん、少し出かけて来る。シャロはここで待ってて」

「……うん」


 コクリと頷いたシャロを背中に俺は歩き出す。中途半端に尖った耳を隠すようにボロボロの布切れを頭から被り、路地裏を後にする。

 大通りに出てもやはりこの都市は悲しい。歩く人たちには活気という言葉がなく、みな余裕のない顔で機械のように前を歩いている。

 まさしくそれらは、頭上に見える灰色の雲にそっくりだ。

 俺はその景色を見てグッと奥歯を噛みしめる。それから耳を隠している布をより深く被った。

 向かう先なんてどこだっていい。食べ物が置いてある屋台ならどこだって。

先ほどの路地裏から少し離れた場所にいくつかの屋台の集まり場があった。適当に建てられた屋台には、元気がなく、衛生管理なども不安に感じる。

だが、そんなの気にしていられない。

俺の考えがおかしいのではない。みな何処かで妥協しているのだ。だから俺の目の前にある屋台には衛生管理皆無という見た目なのに、活気のない人々が群がっている。

俺は目標を定め、人混みに溶け込んでいく。

小さな体のおかげで屋台の真横にまで来れた。もう一度布をグッと引っ張り、一度息を吐く。

――今だ!

 店主の隙を見て、俺は手を出す。


「あっおい!」


 一瞬だった。しかし一瞬でもあればいい。こういった行為に慣れた俺には十分な時間だった。持てるかぎりの食料を腕で抱え、走り出す。

後ろで店主の男が叫ぶ。雨の都市に響いた声は通行人の注目を浴びた。

 俺は無我夢中に走った。時にぶつかり、時に声をかけられたが、一切振り向かない。ただひたすら走った。

「ここまでくれば大丈夫か?」


 どんくらい走ったか分からないがかなり走った。壁に背を預け、一度足を止めた。先程まで背中で感じていた店主の声は不規則な雨音に変わっていた。


「ふぅー。何とかなったな」切れた息を整え、裏路地へと帰る。

「ただいま」

「おかえり、お兄ちゃん!」


 晴れた顔でふらつきながらシャロが出向く。きっと心配してくれてたんだろう。


「遅くなってごめん。これ、食べな」


 腕に抱えた食料は既に雨でぐしゃぐしゃだ。それでもいい。胃を満たせるなら。


「お兄ちゃんは食べないの?」

「さっき食べて来たから大丈夫だ。俺の事は気にするな」


 俺はハハハと頬を動かす。

 シャロは「うん」と頷くと食べ物に手をつけた。

 ぐしゃぐしゃで味なんかも薄いそれらをシャロは文句一つ言わずに食べている。

 こんな生活早く抜け出さなきゃ行けない。頭でも体でもそれは解っている。解り切っている。それでも抜け出せないのが、この〝都市№00〟なのだ。


「じゃあ行ってくるよ」

「気を付けてね」

 シャロにそう告げて大通りに出る。


 今日もこの都市は雨が支配していた。昨日と何も変わらない景色。そんな大通りを歩いてる俺はある物を探していた。

『働き主募集』

 長年の時間が染み込んでいる建物の壁にひっそりと紙が貼ってあった。

「よしっ」

 覚悟を決め、俺はドアを叩く。「すいません」

 この生活を抜け出さなきゃ行けない。いつまでも盗みで凌ぐ生活には限界が来る。だから俺は働くことを決心した。

 過去にも何度か考えた事はある。しかし実行には移さなかった。この都市の腐った部分が俺を否定する限り、俺には何も出来なかったからだ。

 だけど、昔と状況が変わった。シャロも俺も成長期で食べ物も、きちんとした寝床も必要になってきている。俺は良いとしても、シャロには苦労させたくない。だから俺はこの都市の腐った部分と立ち向かおうと決めたのだ。


「はいはい。ちょっと待てよ」

 若い男の声が扉に近づいて来た。そして扉がゆっくりと開く。


「すいません。ここで働きたいんですが」


 俺は布を深く被り、視線を落として訊く。


「……あぁ? 働くってまだ餓鬼じゃねーか」

 男はじっくりと俺を見てから口を開く。

 確かに俺は子供だ。まだ十歳にも満たない幼い身体だから言われても仕方がない。

 でも引き下がる訳には行かないんだ。


「お願いします」


俺は頭を深く下げる。赤い感情が込み上げて来て、今にも器が割れそうだ。しかしそれらの感情を俺はグッと押し殺した。


「ダメだ、ダメだ。餓鬼なんていらねーよ」

 シッシと手で払われ、厄介者扱いされた。

「くそっ!」太ももを叩く。


 次だ。次。俺は土の臭いが漂う街を歩き続ける。


 ここが無理だったら今日は諦めよう。空腹と冷えた体によって体力が底を尽きかけていた。もし駄目だったらまた明日出直そう。

 大丈夫。きっと見つかる。こんな〝俺でも〟受け入れてくれる所がきっとあるはずだ。

叩いた扉が開いた。「すいません。ここで働きたいのですが」俺は今までで一番深く頭を下げる。


「子供かぁ……チィ。まあ立ち話もなんだ。取りあえず入れ」


 若い男がそう言った。


やっとだ! やっと室内に入れた。心でガッツポーズを取って、男に付いて行く。

 当たり前だが、外より断然温かい。考えてみれば建物内に入ったのが、これが初めてかも知れない。俺は見慣れない景色に見惚れて辺りを見渡す。


「えっと、ここで働きたいんだろ?」

「はい。お願いします」

「あんた」男が舐めまわすように俺を見る。「取りあえず礼儀としてそのきったねぇ布切れ取ったらどうだ?」

 その言葉にドキッと心臓が縮んだ。

「えっと……」言葉が詰まる。

「どうした? 最低限の事ができねーなら。雇わねーぞ」

 男が眉を曲げる。

 男の声を聴き、俺は手を動かす。ゆっくりと頭に被っている布に手を伸ばす。

 ――くっ。

 心臓の鼓動が体内を揺らすのが解る。布を取り、あらわになった頭から尖った耳がピンと姿を見せた。

 俺は目を力いっぱい瞑り、流れに身を任せた。そして少ない可能性に賭けた。

 俺の姿が視界に入るや否や男は、


「お、お前〝差別対象〟じゃねーか! 出てけ。早く出ていけぇ……!」


 ピリピリと肌にしみこむ声が響いた。俺はゆっくりと顔を上げる。

 そこにあったのはさっきまでの男の顔とはまるで違う。鬼の形相で俺に言葉の刃物を突き立てる男へと変貌していた。

 やっぱりだ。やっぱりこうなる……。

 俺は歯に思いっきり力を入れて、感情を留める。少ない可能性に賭けた俺がバカだった。

 男が近くに置いてあったナイフを持ち出す。


「差別対象が俺の敷地に入ってんじゃねーよ!」


 乱暴に投げられたナイフが俺の頬をかすった。

 クソ、クソ、クソおおお……!

 俺は憎しみの(まなこ)で男を睨み、逃げる様に家を飛び出た。雨の中びしょびしょに濡れながら俺は走る。さらけ出された耳を見て通行人が足を止め、こちらを睨む。

 またこの目だ。ゴミを見る様に、ハッキリとした見下しの感情が乗った目だ。

 雨で視界が上手く視えない。それが雨なのか、はたまた自分から出ている物なのか判らない。

 気付くと周りには誰もいなく、俺だけだった。

 膝に手をつき、荒い息を全て吐き出す。新鮮な空気を大きく吸って、少しだけ気持ちが落ち着いた。


「なんで……何でなんだよ、クソッタレ!」


 思い出すだけで体の内側から壊れそうになる。

 もしも俺に力があったら。もしも俺に金があったなら。もしも俺に権力があったら。

 そんな幻想を描いてしまう。

 俺が顔を上げると目の前に一つの扉があった。

 扉と言っても門に近い。それに普通サイズの扉じゃない。高さ十メートルは下らない巨大扉だ。


「無意識にまた来ちゃったか」


 この扉の前には何度か訪れた事がある。心が荒んだ時や、現実逃避をしたくなった時にふと足が動き出してここに辿り着く。

 扉の先にはきっと希望がある。きっと俺には想像の出来ない希望があるに違いない。ここに来ると無意識に思ってしまう。

 風の噂で聞いた事がある。扉の奥には無数の〝都市〟が存在し、正確な数やそれらがどういった物なのかは分からないが、都市一つ一つに生活があり、文化があるらしい。

 扉の先に足を進めたくても進められない。扉の開け方も通り方も俺には解らないから。

 〝都市№00〟とはきっと違う世界なのだろう。

 ここは人生の敗者が集う都市。都市№00。通称ゴミ処理都市。

 そう言われるのも解る。他の都市は知らないが、この都市には明らかな人の弱さがにじみ出てるからだ。

 差別対象という言葉が存在しているのが証拠だ。

 人間以外の種族を認めず、敵意むき出しで俺ら亜人種を排除しようとする人間は、間違いなく敗者の思想だ。

 亜人種も、そう言った敗者の烙印を押された人間も、この都市に集められていると聞いたことがある。

 水溜りから覗いている俺の顔には元気も活気もなかった。あるのは余裕のない表情だけだ。

 ――俺もここの奴らと一緒なのか?

 一滴の赤い滴が頬を伝って来た。赤い滴はゆっくりと俺の頬を滑ると、無表情に外の世界へ落ちていく。それを見てさっきの事が頭によぎる。


「――俺はこの都市が憎い」


 外見だけで判断して一切中身を見ようとせず、差別対象という言葉で片づける。

――この都市(世界)は終わってる。


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