表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/6

大好きな姉さん

つたない文章ですがよろしくお願いします。

「…………入んな」


 目の前には長く艶めく紫色の髪をはらり垂らした超絶美人の姉さんが不機嫌

そうな顔をして立っていた。

 名前はアリスといい、とても可愛らしい名前だが、姉さん自身は恥ずかしさ

のためか名前で呼ばれるのを嫌っている。


「疲れてるのにごめんね」」


 僕はその日の夜、貢ぎ物としてドーナツを数個携えて姉さんの部屋を尋ねて

いた。

 あまり姉さんに好かれていない僕だが、姉さんの大好物である ドーナツを

ちらつかせることで姉さんの部屋に入ることに成功した。

 姉さんの部屋はシトラスのような爽やかな香りが漂っている。

 姉さんは首元がよれた胸元が緩いTシャツにホットパンツというラフな格好

をしていた。


「で? こんな時間に何の用? あたしもう寝たいんだけど?」


 姉さんはベットに腰を下ろし、白磁のように白くてすらっとした足を組む。

姉さんはもう社会人で朝から晩まで両親と一緒にサーカス団として働いてい

る。そのルックスからこのサーカス団の看板でもある。

 ちなみに僕が今までに出会った女性の中で断トツで一番美しく可愛い。

 アンジェもとてつもなく可愛いのだが姉さんには敵わない。もちろんそれは

個人の感性なので見る人によってはアンジェのほうが可愛いという人もいるだ

ろう。

 僕が自分を呪うことが一つだけある。

 それは自分が姉さんの弟だってことだ。

 弟でなければ僕は姉さんと結婚できたのに…………この気持ちはガチ恋。


「…………ちょっと。何も言わないなら出て行ってくれない? 明日も早いか

らさ」


「あぁ……ごめん。どう説明すればいいかわからなくてさ、ちょっと考え込ん

でた」


 本当は姉さんのことしか考えていなかったが、口に出したら追い出されるこ

と必須なのでここはごまかす。しかしどう説明すればいいかわからないのは本

当だ。

 姉さんは眉間を寄せて不機嫌そうな顔をしたが、文句を口にすることはな

く、黙って僕が話すのを待ってくれている。ぶっきらぼうで優しい姉さん最高

に萌える。


「…………もしも姉さんに好きな人がいて、その人が遠くに行ってしまったら

どんな気持ち?」


「はぁ? なにそれ? 心理テストかなにか?」


 予想だにしない質問だったのか、姉さんは少し頬を朱に染め、動揺を隠すよ

うに威圧的な声を返す。

 自称恋愛マスターの姉さんであるが、実はこの話にめっぽう弱い。

 本人は自覚が無いのかも知れないが、はたから見ていれば一目瞭然で弱いこ

とが分かる。恋愛もののお芝居や映画を見ているときは常時顔が赤いのだ。キ

スシーンに限っては気絶しそうな具合である。


「真剣な話だよ」


 僕はあえて短い言葉で伝えることにより言葉も重みを出し、さらに姉さんが

変にごまかさない空気を作る。

 姉さんはこの真剣な空気を感じ取って、戸惑いながらもこの空気に合わせよ

うと居住まいをただす。

 うまくいった。

 僕はこのサーカス団ではピエロ役をしている。

 道化を演じるに必要なのは不真面目を真面目に演じること。そして場の空気

を支配すること。

 ピエロは演目の間の場つなぎをするのが主な仕事だ。人にとっての一番の武

器である声を封じ、身振り素振りだけで会場全員の視線と興味を奪う。とても

難しい仕事だ。

 ではそのピエロが声を武器にしたらどうなるだろうか?

 場を支配することの難易度が格段に下がる。

 この通り姉さんは僕が作った空気に染まった。

 強気な女性が自分に染まって行くのは快感である。


「…………簡単にでいいかしら?」


 それでも姉さんはあくまで強気な態度で言い募る。

 僕もつかれている姉さんと長い時間、話そうとは思っていないので軽くうな

ずいて了解の意を示す。

 もっとも姉さんに時間の余裕があったら朝まで話していたいのだが。


「そうね…………実際に体験したことはないからただの妄想になってしまうか

もだけどたぶん悲しいわね」


「悲しい……」


「シンプルすぎたかしら? でもそれしか浮かばないわよ。大切な人がいなく

なったら悲しいわよ。家族でも恋人でもそこは同じよ」


 とてもシンプルな答えだ。姉さんらしくて僕好みだ。


「じゃあそのあとは?」


「そのあと?」

 姉さんは小首をかしげる。


「大切な人がいなくなった人に大切な人が新しくできることってあるかな?」


「そんなの当たり前じゃない。いなくなって終わりなんてそんな人生を神様が

認めるはずないわ。もしも神様が認めたとしても私が認めない。そんなのは人

生と呼べない。ただの悲劇よ」


 姉さんにしては熱く語る。こんな姉さんはめったにお目にかかれない。


「悲劇?」


「そう悲劇。大切な人なんて生きてりゃ何人もできるものなのよ。それがない

ってことは運命もなく、決められたセリフと舞台で演じているだけね」

 姉さんはそこまで言うと得意げに髪を払う。我ながら良いことを話したとか

思っているのだろう。そんなところが少し子供っぽくて可愛らしい。

 今すぐにでも抱きつきたい衝動に襲われていると、姉さんは口元を手で隠

し、小さくあくびをする。

 少し長居しすぎたかな? 

 僕が姉さんに相談したのはアンジェたちのことが気になったのもあるが半分

以上はただ姉さんと話すきっかけがほしかっただけだ。おかげで姉さんの意外

な一面を見られたりして楽しかった。今後も相談していこう。


「ありがとう。参考になったよ。姉さんも疲れてるから僕も自室に戻るね」


「そう。ならお休みなさい。それとドーナツありがとう」

 姉さんが僕に向かって感謝を口にしたことなぞあっただろうか? 僕は目頭

が熱くなるのを感じる。

 僕は立ち上がり、そそくさと部屋を出る。

 ドアを閉める際、ちらっと姉の部屋を覗くと姉さんはすでにベットの中に潜

り、こちらに背を向けていた。

 僕は自室に戻り、ベットの上に寝ころび姉さんとの会話がうまくいったこと

に心躍らせた。 それと同時に姉さんの言った『悲しい』を思い出す。

 アンジェは『悲しい』のだろうか?

 いや、『悲しかった』のだろう。

 アンジェは新しくエドワードという依り代に出会えたのだ。

 だからアンジェは悲しまなくてもいいはずだ。

 それでもふとした時にちくりと胸に刺さる針が気になるのだろう。

 生まれてから死ぬまで人は煮えることのない心の傷を抱えて生きていかなけ

ればならない。

 しかしそれを排除しようとするのは、それも人として当たり前のことだ。

 

『せめてこれ以上、心に傷を負いませんように』

 

 僕は毛布も掛けないまま深い眠りについた。


お読みくださりありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ