アンジェと学園案内
拙い文章ですがよろしくお願いします。
まだ廊下には西日が眩しいくらいに差し込み、それが僕の隣を歩くアンジェの金色の髪をさらに美しいものに昇華させる。
「君はいろんな国に言ったことがあるんだよね?」
アンジェは唐突に僕の方を向き、そう言った。
その表情は先ほどまでのアホっぽい表情ではなく、大人びた表情で、とても同一人物とは思えなかった。
「そうだけどそれがどうかしたかな?」
その雰囲気にただの世間話ではないことを読み取った僕は、代わり映えしない返答をする。
「えーとね、じゃあじゃあ……エドワードって人の会ったことあるかな?」
少し崩れた表情に戻ったアンジェは少し言葉を選ぶように言い募った。
「知らないな」
僕は素直に答える。
そもそもエドワードなんて名前の人は結構いるはずだ。仮に僕がエドワードという人を知っていて、それがアンジェの言っているエドワードと同じ人なんてわかるわけがない。
アンジェもそれを察したのか、エドワードも特徴を言い始める。
「身長は一八〇センチくらいで、黒髪で、顔がイケメンで、お肉が好きで、夏が好きで、逆に冬が嫌いで、えっとえっと……」
「もういい、もういいよ。十分わかったから、そんな人と会ったことないってことはわかったから」
肝心な性別とかフルネームとか話すことは他にもあっただろうに、アンジェが述べたのは意味がなさそうなことばかりだった。
どちらかというと彼氏自慢をする女の子のようだった。
つまりはそういうことだろう。
エドワードとは恋人かそれに近い関係で、今は訳あって会えなくなってしまったとかそんな感じだろうか。
「はぁ……」
やっぱり可愛い子には男がついて回るものなんだな。
どんなに筋肉がついていようとイケメンには勝てない。
この子、中身があれだからてっきりフリーだと思っていた。
見た目が良いからお近づきになりたかったのに……。
え? 女の子を見た目で選ぶクズだって? だって女の子は見た目じゃん。
僕が脳内でクズ発言していると、アンジェが不思議そうにことらの顔を覗き込んでいたが、そのくりっとした瞳に心が吸い込まれそうになり、とっさに顔をそらす。
やはり可愛いは正義。
僕たちは完全に足を止めて、誰もいない廊下に立ち尽くしていた。
「案内って必要?」
「それは僕も思ってた。別にこの学園だって一週間しかいないしね」
その言葉にアンジェは驚いた顔を浮かべる。
「そうなの!?」
そうか、アンジェとそのお付きのイケメンは僕の自己紹介のときいなかったからな。
「うん。僕の家はずっとサーカス団を営んでいてね、一週間の公演が終わったら違う国に行って公演するんだ」
「…………うらやましいな」
「え?」
僕は驚いた。
アンジェがうらやましいと言ったから驚いたのではない。うらやましいなど、どの国でも言われていることなので慣れている。僕が驚いたのはアンジェの表情に本心を感じなかったからだ。
嘘? しかし何のために?
もしかしたら世界中をせわしなく回っている僕に気を使ったのだろうか。そうだとしたら心のどこかで足りない子だと思っていたことを謝らないと。
アンジェは実はとても聡明で、会えない彼のことを思っている心の底から美しい女性なのかもしれない。
飛びぬけて明るい女の子だと思っていたアンジェはどこか大人びていて、どこかぎこちないと思わせる違和感があった。
要するに演技や嘘が下手なのだ。
『お嬢様! アンジェお嬢様!』
どこからか焦りを含んだ険しい声が聞こえてきた。
アンジェのことをお嬢様と呼んでいるし、この声には聞き覚えがあった。
あのイケメンだろう。
きっとアンジェは誰にも言わず、僕のもとに来たのだろう。それで慌てて探しているといったところか。
探されている本人のほうを向くと、安堵した表情を浮かべたのち、慌てた表情を見せた。
まただ。
彼女の表情はよく変わる。それもわざとらしいくらいに。
「やべっ」
アンジェはそう言って二、三歩僕の前にでる。
「ごめんね。学園案内は中止だ。おしゃべりはとても楽しかったよ」
そのままアンジェは颯爽と走り去っていった。
学園案内された時間わずか五分。一か所も案内されてもらえず、ただただ会話しただけだった。なんだったら名前すら教えあっていない。
僕が一方的にアンジェの名前を知っただけで、アンジェは僕の名前を知らないはずだ。なんだか僕がストーカーみたいだ。
「ふう……」
美少女と話すのはやはり緊張するな。
しかしこの会話のおかげで僕が持っていたアンジェの印象は少し変わった。
そして僕は久しぶりに可愛い女の子とお話したことで幸せな気持ちで満たされていた。
アンジェ。僕の女性ランキングでも上位に入る美少女だ。アンジェに思い人がいなければ口説いているところだ(人生で一度も口説いたことはないが)。
僕は窓辺にもたれかかり、鼻の下をだらしなく伸ばしてアンジェとの会話を思い返していると、いつの間にか僕の前におのイケメンが立っていた。
「お忙しいところすいませんお嬢さ……アンジェという金髪の女の子を見ませんでしたか?」
『お忙しいところ』とは鼻を伸ばしていた俺への皮肉だろうか? だとするとこのイケメン嫌いだ。ただでさえイケメンは敵なのに。
「これはすいません。別に怒らせるつもりはなかったのです」
僕の顔が険しくなっていたのか、イケメンは両手を小刻みに振り、否定する。
そして僕の気を紛らわすためか、ぴしっと佇まいを直し、男の僕でも目を奪われるような美しい所作で挨拶をする。
「自己紹介が遅れました。わたくし、名をエドワードと申します。こちらにアンジェという金髪の女の子が起こしになりませんでしたか?」
窓から差し込む日の光も相まって、エドワードが神様からの使いと思わせるほど美しく見えた。
その美しさに僕は声が出ず、アンジェの走り去っていった方向を指さすことしかできなかった。
「ありがとうございます。ミカさん」
「え?」
エドワードはアンジェにも教えていない僕の名前を呼んだ。
クラスは同じなのだから知っていてもおかしくはないと思うのだが、その時のエドワードの子供っぽい表情がそのセリフを蠱惑的なものに変えた。
エドワードはそのままアンジェが走っていった方向に走っていった。
朝に初めて二人を見た時も今も、走っているところばかり見るな。
エドワードが見えなくなるまで見送ったのち、僕は家路につく。
家路につく途中、僕はアンジェとエドワード、そして異国にいるというアンジェの想い人について思いを馳せた。
これはよくある三角関係というやつでは?
エドワードとアンジェには主従関係以上のものを感じた。
僕は恋愛に疎いがそれくらいはわかる。
後で自称恋愛マスターの姉さんに相談してみよう。
お読みくださりありがとうございました。