自己紹介
拙い文章ですがよろしくお願いします。
問題はこれからだ。
それからしばらく騒ぎ声が続き、一瞬静かになったと思いきや教室内からドタドタと駆け足が近づいてきた。僕の目の前にあった扉が盛大に開けられ、一人の少女が飛び出す。
その少女は眩しい程の金髪をなびかせ、大きな瞳でこちらを一瞥すると、少し難しそうな顔をした。しかし足を止める余裕がなかったのかそのまま走り去ってしまう。そして彼女の甘い残り香が僕の鼻孔をくすぐった。
そう。
何を隠そう、先ほどからうんこと発言していた声は明らかに女の子の声だった。
このタイミングで出て行ったということは、今の美少女が『うんこちゃん』なのだろう。
「……えぇ……」
外見と中身の落差に、思わず落胆の声を漏らす。 残念美人という言葉があるが度を越えている。
「待ってください! お嬢様!」
そう言って次に出てきたのは端正な顔立ちながらも幸薄そうな男子生徒だった。
彼は僕に一礼すると、走るか走らないくらいのスピードで彼女を追いかけていった。なぜか彼からも彼女と同じ匂いがした。
「お嬢様?」
普通の学生生活で、だれか個人に対して『お嬢様』というのだろうか? 顎に手を当てて考える。
「あーすまん。もう入ってきていいぞ」
彼女と彼が向かっていった方向を意味もなく眺めていると、疲れた顔をした先生が入室を促した。
そこで僕の思考はさえぎられる。
教室の中は、まだ先ほどの余韻が残っていてざわついていたが、僕を視線にとらえた生徒たちはひそひそとした声量に変える。しかし長くは続かず、また騒ぎ出す。
『かわいい男の子』
クラスの誰かがそう言った。
またか
僕は親の仕事の関係上、転校ばかりしてしる。そしていつも僕は転校先で可愛いといわれるのだ。
それが僕は気に入らない。
僕は強くて勇ましい男に憧れる。そのための鍛錬を怠ったことはない。しかしいくら身体を鍛え、内面を磨いても顔だけはどうにもならなかった。
もちろん顔が女顔だからといって男が好きなわけではない。女が好きだ。だから女と間違われて告白されたときは死ぬほど寒気がしたし、自分の顔に絶望した。
僕はそんな過ちを二度と繰り返したくない。
ここでの自己紹介は非常に大事だ。
僕は教壇に立ち、クラス全体を見渡す。
好機や懐疑に満ちた視線が僕に集中するのを感じる。
窓側の席が後ろから三つ空いている。きっと先ほど出ていった二人の生徒と僕の席だろう。
先生が顔で早く自己紹介してくれと催促する。うんこちゃんの一件でホームルームの時間が削られたせいだろう。
何度も転校を経験してきた僕だが、いまだに最初の挨拶は緊張する。
この自己紹介で僕は自分の男らしい部分をクラスの皆にアピールしなければならない。
目をつむり、大きく深呼吸をする。
『男らしく男らしく』
心の中でこの言葉が反芻する。
「僕の名前はミカと言います」
目を見開き、なるべくかわいいと思われないように無表情で口を開く
ここまではいつも通り。これが変わることはないだろう。
何を言えば男らしい? 男らしいとはなんだ?
次の言葉が出ず、クラス内は沈黙に包まれる。
みんなの視線が生暖かいものに変わるのがわかる。
正直やめてほしい。みじめな気持ちになるから。そして焦りを感じてしまうから。
肌着は冷や汗でびしょびしょだ。
身体はオイルを塗ったようにてかてかしているだろう。
ん……? 待てよ? オイルを塗ったように…………?
そうか!
僕はネクタイを勢いに任せてほどく。
見ているみんなは何をしているのかわからないといった感じで口をポカーンと開けている。
「僕の趣味己の筋肉を鍛錬、探求することです!!!」
僕はパンツ一枚になり、自慢の胸筋を心臓の鼓動に合わせてぴくぴくさせる。
やはり自分を語るときは、自分の言葉が真実かどうか証明する必要がある。
見たか! この男らしいボディを!
「「「ぎゃああああああああああ!!!」」」
クラスにうんこちゃんが漏らそうとしたよりも大きな断末魔もような悲鳴があがる。一部の女子生徒の一部からは黄色い歓声があがった。
……あれ? おかしいな?
もっと黄色い歓声が多くても良いと思うんだけどな……。しかしここまできて今更引き下がることはできない。
「僕は女の子には興味がありません。屈強な男だけでいい」
喧嘩上等な言葉を放ち、不良な男を演じる。
これで可愛いなどとは思われないはずだ。
「「きゃあああああああああああ!!!」」
一部の女子生徒の甘美な歓声が教室に響く。
しかしそれは本当に一部でしかなく、ほとんどの生徒はひきつった顔で、僕から離れるように教室の後ろに下がる。なぜか先生も一緒に。
たまらず僕は声をかける。
「あのー、僕なんか間違ってました? 間違っていたならどこが間違っていたか聞きたいんですけど……」
「じゃあ、まずは服をきてくれないか?」
……ごもっともです。
確かに学園でパンツ一丁なのは問題があったかもしれない。しかしこれでぼくは可愛いと言われないはずだ。
「とりあえず服を着たら席につけ。お前の席は窓側の一番後ろだ」
なぜみんながこんな反応をみせたかはわからないが、これ以上目立つことはしないほうが良いだろう。
僕は手短にズボンとワイシャツだけを着て、それ以外を手で持ち、席へ向かう。
クラスメイトたちの恐怖と疑心にみちた視線のおかげで、たった数メートル歩くだけでもかなり疲れた。
「ちゅうもーく!」
席に着いた後も視線を外すことがなかったクラスメイトたちが先生の呼び声に応じて、視線を先生に移す。
僕は視線が外れたことに安堵しつつ、クラスメイトと同じように先生に顔を向ける。
「ミカ君は両親の仕事の都合で世界各地を巡っています。この学園にも一週間しかいないので、変な奴だと思わず仲良くするように」
先生が言い終わると同時に、学園のチャイムが鳴り響く。
先生は踵を返してそのまま教室を出ていこうと扉に手をかけ、首だけを僕のほうに向けてこう言った。
「放課後、職員室に来なさい」
先生に言われたくないセリフ第一位である。
やはりいきなり服を脱ぐのはまずかったかな?
絶対説教だね。ほんと憂鬱。
なぜか放課後になるまで、トイレに行った二人が戻ってくることはなかった。
お読みくださりありがとうございました。