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誰が為の「キビダンゴ」 おしまいの後に

 桃太郎に変化した猫又のタマ姐さんは、村へ帰る道すがら、鬼ヶ島の鬼を退治したことを街道沿いに伝えながらユックリと旅をしました。

 話を聞いた人々は、みんな「ああ、これで安心して暮らせるようになる。」「またこの街道も、以前のように賑やかになる。」と、口々に喜びました。


 人々は桃太郎にお礼の金品を手渡そうとしましたが、タマ姐さんはそれらを受け取らず

「鬼ヶ島は安全で快適な島に変わりましたから、皆さん遊びに行ってみて下さい。冬でも暖かい眺めの良い島ですし、島では私が鬼退治に持参したキビダンゴも食べる事も出来ますよ!」

と人々に伝えました。




 そうなのです。

 「民話 桃太郎」では、桃太郎は鬼退治をした後に、鬼どもが貯め込んでいた金銀・珊瑚さんごの宝物を村へと持ち帰るのですが、鬼ヶ島の『オニ』どもは、ほんの少しの蓄え以外、何も持ってはいなかったのです。

 鬼ヶ島の『オニ』どもは、異形の妖怪などでなく、ただのドロップアウトしたアウトローに過ぎなかったのでした。

 考えてみれば当たり前の事で、唸るほど財宝を貯め込んでいるのであれば、身なりを整え都に向かえば女も食べ物も思いのまま、お大尽だいじんとして贅沢三昧の生活が送れるのです。

 現に「宇治拾遺物語」などには、都で貴族に化けた鬼が美女を食べてしまう話なんかが、たんと在ります。

 快楽的犯罪者や愉快犯で無い限り、もしくは特異な主義を貫こうとする主義者でもない限り、人も通わぬ島に逼塞ひっそくして悪さを続けた理由が無いのです。


 ですから戦いの時にも、狒々が威嚇で手榴弾を投げ、大きな爆発音を響かせると、『オニ』は目を覚まして慌てふためきました。

 そこに狼犬の早太郎が、子牛のほどもある巨体を見せて咆哮をあげると、たちまち腰を抜かしてしまったのです。

 中には武器に手をやって、抵抗しようとする者もいましたが、雉の温羅が正確な狙撃で得物えものを撃ち飛ばすと、簡単に降参してしまいました。


 強襲であったなら、弓や槍を手にして頑強に抵抗したかもしれない『オニ』たちですが、安心して酔いつぶれていたために完全な奇襲となり、制圧作戦はワンサイドゲームに終わったのでした。


 桃太郎は降参したアウトローを集めて

「君たちの生活が成り立つように考えてみよう。」

と言いました。

 そして残っていたキビダンゴを渡し

「これを作って『鬼退治のキビダンゴ』とし、島の名物として売れば良い。暖かな眺めの良い島だから、遊びに来た者は喜んで買うだろう。渡し舟と宿も整備すれば、そこからも雇用と収入が得られるよ。」

と教えました。


 「鬼の根城だった島などに、物見遊山ものみゆさんでやって来る客がおりましょうか?」

 アウトローのリーダーが恐る恐る訊ねます。


 「それが逆に売りになるんだよ。」桃太郎が答えます。「怖い物見たさ、という感情は普遍的なものだからね。磯にある海食洞窟なんかも、実に良い。『鬼の岩屋』なんて看板を立てれば、大人気間違いなしだ。」

 「満潮になれば、波の打ちかかる岩穴です。本物の鬼でも、あんな所には住みたくないでしょうけれど。」

 「観光客は、そこまで論理的には考えないものなのだ。本物らしく、奥に焚火の跡なんかしつらえておくといい。そして『潮が引いた時にしか出入り出来ない、難攻不落の砦でした。』って説明を付けておく、とかね。」

 リーダーは「なるほど!」と感心しました。


 次にリーダーの嫁が質問します。

 「観光客がやってくれば、島はたいそう栄えましょうが、それまでの間は、どうやって生活をすれば良いでしょうか。」

 リーダーの娘も「渡し舟や宿などのインフラを整備すれば、わずかな蓄えも尽きてしまいましょう。」と生活の不安を申し立てます。

 負けを認めたリーダーと違って、生活者を自任する娘や嫁は(これまで行って来た自らの悪事は棚に上げて)頑固そうです。

 『犯罪の陰に女あり』か、と桃太郎はタメ息をつきました。


 桃太郎は「私が道々、安全宣言をしながら街道を戻りますので、客足の第一波は、安全確認にやって来る者などが、直ぐにでもおりましょうが……。」と考えていましたが、そうだ! と狒々を呼びよせました。

 狒々の籠に残っている手榴弾を手に取ると、桃太郎は腰の袋からキビダンゴのカスを探り出し、海に撒きます。


 下げ潮に乗ったカスの粉は、寄せ餌となって沖へと流れます。

 すると豊かな海です。たちまちクロダイやボラ、カタクチイワシにウルメイワシが集まってまいりました。


 桃太郎はピンを抜いた手榴弾を、魚の群れから少し離れた所に投げ込みました。

 ジュボオオオオン!

 水柱が上がると、衝撃で気絶した魚たちがプカプカと浮かんできました。


 「浮いた魚は食べるもよし、干物にして売るもよしです。他に、サザエやアワビにカキなども、潜って捕れば売りものに成りましょう。対岸で焚火をしながら焼いて売れば、街道を行き来する海から遠い郷の者が競って買うこと間違いなしです。」

 そして桃太郎は、残っている手榴弾を全て、嫁と娘に与えました。

 嫁と娘は強欲そうでしたから、手榴弾は漁以外には使わないだろうと確信できましたので。


 ただし「もし君たちが、手榴弾を他の悪事に使ったり、他所の村を襲ったりしたら、その時は容赦はしない。直ちにやって来て首をねる。」と付け加えるのは忘れませんでした。

 男たちは恐れ入って平伏しましたし、女たちは「こんな便利な物、漁以外には勿体無くて使う気がしません。」と胸を張りました。

 そして女たちは「儲けが出るようになったら、売り上げの一部を桃太郎様に献上いたします。早く儲けが出せるよう、鬼ヶ島とキビダンゴの宣伝を、どうぞ宜しくお願いします。」と頼み込んできたのでした。

 ……やれ、やれ。




 タマ姐さん(現 桃太郎)は、ついに懐かしい村に帰り着きました。

 桃太郎が鬼どもを退治したという評判は、すでに山里にまで届いておりましたから、村の者が総出で喜びました。

 「皆さん。お出迎え有難うございます。これからは、一村人として働きます。」という桃太郎の発言は、好意を持って受け入れられました。


 中には「鬼どもが蓄えていた宝物はどうなりましたか?」などと無粋な質問をする馬鹿者もおりましたが、「桃太郎が無事に帰って来たのが何よりじゃねえか! この馬鹿者。」「これから先、安心して暮らせるようになったのが、何にも代え難い宝じゃないか! この馬鹿者。」と、無粋で強欲な馬鹿者は皆から散々にドヤされました。


 お爺さん、お婆さんと桃太郎との水入らずの生活が始まると、タマ姐さんは畑仕事に精を出しました。

 陰日向かげひなた無く働く猫又でしたが、作物の中には、どうしても苦手な物もあります。

 その様な作業の時には、タマ姐さんはお爺さん、お婆さんに頼み込んで、別の仕事を宛がってもらうのでした。


 その内、お爺さんは「そうだ桃太郎。お前は、これが好物だったね。」と外出先から鮒の干物をお土産に持って帰って来るようになりました。

 ……爺ちゃん、なかなか鋭いじゃないか! と猫又は舌をまきましたが、有り難く食べました。


 お婆さんは「行灯あんどんには、たんと油を注いでおくかね。」と、桃太郎専用の行灯を用意してくれます。

 化け猫は行灯の油を舐める、と言いますから、化け猫の好物を用意してくれているようなのです。

 もっとも、猫が油を舐めるというのは、行灯の油に安価な魚油を使用していたからで、吉備の国は荏胡麻えごまの産地でしたから、お婆さんが用意してくれた灯火油は、斎藤道三が売り歩いていたのと同じ植物油であり、いかに猫又とはいえ舐める気にはならないのでした。


 ――どうも私の正体が猫又であると言う事に、爺ちゃん・婆ちゃんは気が付いているみたいだ。ネギやタマネギの収穫から外させてもらったせいかも知れない。

 タマ姐さんはそう感じましたが、家族として暖かく接してくれているのに間違いはないので、このままで良いかなと考える事にしました。





 しばらくすると、鬼ヶ島の住民の幾人かが荷車を引いてやって来ました。

 荷車にはピカピカ光る美しい物が山積みになっていて、『日本一の桃太郎』と書いた幟が立ててあります。

 「桃太郎さん、桃太郎さん。キビダンゴの儲けの一部を持参しました!」

 荷車隊の隊長はリーダーの娘でした。


 娘が差し出した銭は、まだ僅かなものでしたが、オニが更生して仕事に励んでいることを示すものですから、桃太郎は有り難く受け取りました。吉備津彦命も喜んでくれる事でしょう。


 問題は荷車です。あの美しい積み荷は何なのでしょうか?

 「あれは、アワビやサザエの貝殻を磨いた物です。」

 娘が胸を張って説明します。

 「アワビやサザエの貝殻の内側が、真珠のように美しいのは御存じでしょうが、焦げ茶色の外側も磨けば同じように光り出すのです。私たちが港で焼いて売った貝の殻を、砥石で削り木賊とくさで磨いて、夜なべ仕事で仕上げました。海辺に住む者には珍しくない品ですが、海から離れた里にすむ者には楽しんでもらえようと思いまして。」

 「それは素晴らしい。『鬼のお宝』として、皆に見てもらうと致しましょう。」

 「もう既に、大評判になっているようですけどね!」

 娘に促されて桃太郎が外を見ると、黒山の人だかりになっております。

 『日本一』の幟と積み荷の光に誘われて、街道中の野次馬が集まって来ているのでした。


 「桃太郎さん『鬼のお宝』を、ここで売っても良いですか?」

 桃太郎が承知すると、娘は野次馬相手に商売を始めました。

 『鬼のお宝』は良い値でどんどん売れ、たくさんの銭が儲かりました。

 娘は儲かった銭を全て桃太郎に差し出すと

「キビダンゴの儲けが未だ少なくて、心苦しく思っておりました。この銭をお受け取り下さい。さすれば、私も胸を張って島へと帰れます。」と笑みを見せました。

 桃太郎は喜んで銭を受け取り、それから七割ほどを娘に返しました。

 娘は「受け取れません。どうか全てお収め下さい。」と固辞しましたが、桃太郎は「なぁに、投資ですよ、投資。」と笑って言いました。


 「投資?」娘が訝しみます。

 「そう、投資です。」桃太郎は自信満々に頷きます。「あなたには商才が有るようだ。あなたを信じて鬼ヶ島に投資しておけば、後に何倍にもなって皆を潤す事になるでしょう。」

 娘は荷車を引いていた男を呼ぶと「ほら、アンタからもお礼を言うんだ。」と、力持ちで真面目そうな男に頭を下げさせました。男は娘の亭主のようです。尻に敷かれている感がプンプンします。

 「ウチの宿六やどろくがいなければ、桃太郎様に『ぜひ、嫁にしてくれろ。』とお願いするところですが、好いて一緒になったものですから。」

 娘はそんな事を言うと、銭を積んだ荷車隊と一緒に賑やかに帰って行きました。

 桃太郎に化けた猫又は、そんな事になっていたら大変だったな、と思いました。


 だって私は、吉備津彦様の帰りをお待ちしている身なのだもの。





 時には懐かしい訪問者もあります。


 狼犬の早太郎が、任務の途中で近所に来たのだ、と時折顔を見せてくれます。

 鼻の効く早太郎は、桃太郎の正体を直ぐに見破りましたが

「そうか、桃太郎さんは未だ戻って来ていないのか。タマさん、彼は信じるに足る男だ。帰って来ると約束したなら必ず戻る。」

と慰めを言っては「また来るよ!」と旋風つむじかぜのように駆け去ります。


 狒々がお爺さんの背負い籠に、山の幸を満杯にしてやって来る事もあります。

 彼は「桃の旦那! ジイサマから借りっぱなしの籠を返しに来た!」と、籠の返却を口実に姿を現すのですが、帰る時には必ず籠を背負ったまま帰るのです。

 狒々は『ヒバゴン』と綽名あだなされ、里の子供たちに親しまれております。

 狒々が姿を現すと「ヒバゴンが来たあ!」と子供たちが大はしゃぎで逃げ回ります。

 ヒバゴンは「うおおお!」と叫び声を上げて、子供たちと鬼ごっこをするのですが、子供たちが走り疲れると、籠から柿や山ぶどうを取り出して皆で輪になって食べるのです。


 早太郎ほど聡くはない狒々は、いつまで経ってもタマの事を「桃の旦那」と呼ぶので、煩わしくなった猫又は、ある日、本当の事を打ち明けました。

 狒々は引っくり返って驚き「なんだ、姐さんなのか!」と目を丸くします。

 「爺ちゃん、婆ちゃんには内緒ないしょだよ。」気付いているみたいではあるのだけど。

 「言わねェ、言わねェ。」

 「桃さんは、今、何をしているのだろうかねぇ……。私もいい歳になってしまうよ。」

 「だよなぁ。姐さんは、マッチ売りの少女姿で出会った時に、既に大年増おおどしまだったんだから。」

 女性に失礼な口をきいた狒々が、ゲンコツを貰ってしまったのは言うまでもありません。





 戻らぬ人を待つのは辛いものではありますが、相手が信じる事の出来る人ならば、諦めの気持ちは生じません。

 そして、その時は唐突に訪れるのです。


 桃太郎姿の吉備津彦が、再び猫又の前に現れたのは、元オニだった夫婦が六度目の上納金を支払って帰った直ぐ後でした。

 この時には、既に島の経営も軌道に乗っておりましたし、フランチャイズ料の納金も、かなりの額に膨らんでおりました。


 「戻りましたよ、タマさん。長い間、お待たせしました。」

 少し精悍な顔立ちになった桃太郎は、鏡に映った様に同じ顔のタマに、ニッコリと笑いかけました。

 タマは吉備津彦の顔を見て、少し慌ててしまいましたが、えいっ! とマッチ売りの少女に変化してから「そうですね。けれど、みこと様が戻られたと言う事は……。」


 「決着は、付けて来ました。」桃太郎が頷きます。「しかし、あの温羅という漢、根っからの悪人でもない様に思われて。けれど……」

 そして桃太郎はポツリと付け加えます。「彼は最期まで、降参をしませんでした。」

 タマの目には、吉備津彦の表情が寂しそうに映りました。


 「それでも、またタマさんの顔を見る事が出来て、良かった。」

 吉備津彦はそう言うと、タマの手をとりました。

 タマは黙って吉備津彦に身をゆだねます。


 「やややっ?! 桃太郎、その娘さんは、どなただい?」

 声のする方に吉備津彦が目を遣ると、お爺さんとお婆さんがビックリしております。

 「お爺さん、お婆さん。この女性は、私のお嫁さんに成る人なのです。」


 そして、桃太郎とマッチ売りの少女とは、二人並んで老夫婦に深く深く頭を下げます。

 「お爺さん、お婆さん。私たち二人から、お二人に告白しなければならない物語があるのです。少々長いお話になりますが、宜しくお聞き下さい。」


                          市が栄え


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