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誰が為の「キビダンゴ」 8

 「うわあああ! 観ちゃいられねェ!」

 狒々は背中の籠を下ろすと、両手で頭を掻きむしりました。「こんなんで鬼討伐が成功したって、誰が納得するんだよ!」

 「大猿君、君は見かけによらず優しい男のようだ。」雉は引き金に掛けた爪を少しだけ緩めると「あちらの岩陰で、目をつむっていたまえ。……長くはかからない。他の皆も、そうしていた方が良い。」と、翼を広げて指し示します。


 「嫌だアアアアア!」

 狒々は大声で叫ぶと、目の前の海へ身をおどらせました。

 ざっぱあああんんん!! 巨大な波しぶきが立ち昇ります。

 ざあああああああ。立ち昇った飛沫が、雨のように降り注ぎます。


 「お見事、狒々くん!」桃太郎は、大猿に向かって拍手します。

 「ふむ。そんな手が有ったか。」雉も拳銃を下ろします。

 「助けて! オイラ泳げねェ!」狒々は海中で手足をばたつかせて大慌てです。

 「無茶しやがって!」巨犬が海に飛び込みます。「待ってろ。直ぐに助ける。」


 「これで『火のつくマッチ』は、全て無くなりましたね。」

 桃太郎が、マッチ売りの少女に微笑みかけます。「契約は終了したようですよ?」

 全身ずぶ濡れのマッチ売りの少女も、舟の舳先へさきから立ち上がって「どうやら、そのようですね。」と笑みを返します。「意図的な契約不履行けいやくふりこうではなくて、不慮の事態による続行困難の発生ですから、免責案件です。もっとも、事が終わった後には、クレームを付けてくる依頼者は残っていないでしょうけれど。」


 タマ姐さんは、早太郎に救い上げられた狒々に向かって「機転を利かせてくれて有難う。」とお礼を言いました。「でも、本当の事を言うと……私、水に濡れるのは好きじゃないんだなぁ。」





 油断して酔っぱらっていた鬼たちは、桃太郎戦闘団の敵ではありませんでした。

 勝敗は一瞬にして決し、桃太郎たちは鬼ヶ島を後にします。

 岸辺ではタマ姐さんが皆を待っていてくれました。


 「吉備津彦。これを返しておくよ。」雉がP220を差し出します。

 「持って行きたければ、持って行っても良いんだよ。」桃太郎は拳銃を受け取りながら、そう応えます。

「温羅君。君の狙撃の腕は大したものだった。助かったよ。」

 「フフフ。全弾、撃ちきって弾倉は空だよ。残弾数を数えていない君ではあるまい。……じゃあ、傭兵契約は満了だね。お先に失礼する。」

 「私も直ぐに、後を追う。『伝説の世界』に戻ったら、次に会う時は敵同士だ。」

 「待っているぞ、吉備津彦! 次に会う時は不覚は取らん。」

 雉は何処いずこへか飛び去りました。


 「桃の旦那。オイラは山へ帰ります。」狒々が頭を下げて別れの挨拶をします。

 「なんだ? 村に凱旋がいせんするんじゃないのか?」巨犬が大猿の行動をいぶかしみます。「お前の行動も働きも立派だったぞ。悪名をそそぎ、名声を手に入れるチャンスじゃないか。今のお前ならば『狒々王コング』の座に相応ふさわしい。」

 「早兄ィ、過分なお褒めのお言葉、恐れ入りやす。……けれど今まで散々、悪さを重ねたオイラが、名誉なんて受けて良いこっちゃありません。がらじゃあねェ、って気付いたんでさァ。」

 「じゃあ、この先どうするのだい?」桃太郎も別れを惜しみます。「里山の守り主として活躍して欲しかったのだけれど。」

 恥ずかしそうにヘヘッと笑った狒々は「里山より、もうチッと深い山に籠って、迷子の旅人やなんかを助けよう、なんて思っていやす。……そうですね。比婆山ひばやまの辺りなんかで。」

 狒々は何度も振り返っては頭を下げ、山へと歩み去りました。


 「それでは私も帰隊する事に致します。」

 狼犬の早太郎が、桃太郎に敬礼します。エリート警備隊員らしく、堂に入った敬礼です。「想い出深い旅でした。学ぶ処も多かった、と感謝いたしております。」

 桃太郎も答礼します。「安心して背中を預ける事が出来ました。貴殿の安定感は、他に代え難いものでした。もし事情が許されるのなら、『伝説の世界』でも助力をお願いしたい処ですが。」

 「有り難いお言葉です。……けれど、あちらの世界でもまた、それに相応ふさわしい者がおりましょう。私は今の世界でベストを尽くします。桃太郎さんとの同行を認め、この旅に特別派遣してくれた犬隊長の信頼を、裏切る訳にもいきませんし。そろそろ次の警備依頼が、申請されている事でしょう。」

 巨犬は桃太郎と固い握手を交わすと、何かを振り切る様に、後ろを振り返らず駆け出しました。

 早太郎の姿が遠く見えなくなるまでには、ほんの一瞬しかかかりませんでした。


 「みんなっちゃったね。」マッチ売りの少女が呟きました。

 「そうですね。桃太郎の鬼退治、は終わりました。」桃太郎も感慨深げに頷きます。

 「じゃあ、桃さん。私たちも村へ帰ろうか。」


 「タマさん、お願いが有るのですが。」

 桃太郎が少女の目を見つめます。


 「あちらの世界に向かわれるのですね。吉備津彦命として。」少女はそっと、ため息をつきます。「そして、私へのお願いというのは『お爺さん、お婆さんの事を頼む。』……違いますか?」

 「ご明察の通りです。」

 「そう成るのだろうな、とは考えていました。……その契約、お引き受け致しましょう。タマとして村へ帰るのは先になってしまいますが。」

 「お引き受け頂き、感謝します。お話を完結させるためにも、桃太郎は村に帰らなければなりませんからね。」


 二人は少しの間、黙って見つめ合っていましたが、その沈黙を気まずく感じたのか吉備津彦が口を開きます。

 「そうそう、一つ確認しておきたい事が有るのです。」

 「あら、なんでしょう?」少女が救われたように応じます。


 「結界を張ったり消したりするのに、タマさんは、本当はマッチなんか必要としなかったのではありませんか? 術を使ってみせる時にマッチを使用したのは、たまたまマッチ売りの少女に扮していたから。違いますか?」

 少女はクスクス笑います。「お察しの通りです。鬼ヶ島の鬼と契約する時に、契約期間を限定する必要が有ったものですから。狒々さんが、上手に契約の裏をかいてくれたので、マッチがずぶ濡れになった時に、結界は消したのです。」

 「鬼を裏切って、直ぐに結界を消してしまう事は出来なかったのですか? 一歩間違えれば、あなたは温羅に撃たれていた。」

 少女は首を振ります。「自ら契約を破棄する事は出来ません。それが、術を使う者の心得なのです。」


 吉備津彦は、少女を抱き寄せキスをしました。

 「全てが終わったら、必ず帰ってきます。これが私のタマさんに対する約束です。」

 「待っております。みことが戻られる日まで。」


 吉備津彦は大鷲に姿を変えました。温羅が化けた雉を追っていた時の、吉備津彦の姿です。

 民話の世界の桃太郎から、伝説の世界の吉備津彦へと。


 大鷲は猛禽もうきん特有の甲高い声で鳴くと、勢いよく飛び立ちました。

 蒼天高く舞い上がった大鷲を、桃太郎に変化した少女は、いつまでも見送っておりました。



                       おしまい

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